嫌な夢の話

子どもの頃、風邪で熱が出ると見る嫌な夢があった。

当時、僕が寝ていたのは玄関脇の4畳間。そこから1畳ちょっとを自分と弟の机に譲って、残った3畳足らずに布団を敷いていた。狭苦しいけれど特に不満はなく、居心地も悪くなかった。

問題の悪夢の中でも、僕は同じような小さな部屋で仰向けになっていた。違うのはその部屋が真っ暗なことと、室内が天井近くまでぬるま湯で満たされていることだ。僕はそこで人肌のお湯にプカプカと浮いていたのだ。

そう言うとまるで最新のリラクゼーションマシンみたいに聞こえるけれど、四方は濡れたコンクリートで固められた牢獄仕様だから瞑想どころではない。中は完全な暗闇で、目の前に天井が迫っている一方、水深はなかりある(らしい)から高い所にいるような怖さも加わって胃がグルンとひっくり返る。暑くも寒くもない代わりに、顔にまとわり付く湿気と天井の圧迫感でひどく息苦しかった。呼吸をするためには仰向けに浮いているしかなくて、ピクンピクン揺れるだけで進まない壊れた秒針を眺めるようにして長い時間を過ごした。

綿がギッチリ詰まったメイドイン昭和の重たい布団をいつもの倍も掛けられて、狭い部屋で汗まみれになって唸っていた風邪っぴきにふさわしい、ひたすらに精神を削られる不快な夢だった。生きたまま棺おけに入れられて、海に流された前世の記憶でも残っているんじゃなかろうか。

うなされると言えば思い出す出来事がある。

熱に浮かされて変な夢でも見たんだろう、小学生の僕は、我慢できずにムクリと起き上がると、居間へ行って母親にこう訴えた。

僕「なんで布団カバーを黒にしたの?」

母「え?」

僕「だからなんで布団を黒くしたの?」

昭和の布団は花柄と相場が決まっていて、けして黒くなんかない。ぼんやりした子どもが深刻そうに気味の悪い話を始めるものだから、母は引き気味だった。幽霊にでも出くわしたような顔で聞き返されて、僕もなんだかおかしいぞと思い始めた。そしてその意識とは別に「だからなんで布団を黒く~」と妙なことを口走っている自分を内側から見て、「あ、寝ぼけてんな」と気が付いた。

母「気持ち悪いこと言ってないで寝なさい」

僕「・・・うん」

正気に戻ってはいたけれど、寝ぼけてうわごとを言ったのが気まずくて、ボンヤリしたふりをしながら居間を出た。だけど不思議な気分は続いていて、「ほんとに布団が黒かったらどうしよう」と思った。部屋の前で呼吸を整え、意を決してドアを細ーく開ける。へっぴり腰で中を覗き込むと、はたしてそこには陽気な花柄の布団がくしゃくしゃに折り重なっているのが見えた。

ホッとすると同時に、汗で湿ったパジャマが冷えてブルッと震えた。もぐりこんだ布団は、いつもより重たくてじっとりしていた。まだ熱はあるみたいだったけれど、もう眠くはなかった。

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