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安易な理解を拒絶する、濱口竜介監督のストロングスタイル『悪は存在しない』【映画レビュー】

★★★★★
鑑賞日:5月9日
劇 場:ナゴヤキネマ・ノイ
監 督:濱口竜介
出 演:大美賀均

『悪は存在しない』を見ようと思い劇場を検索すると、愛知県では名駅裏のシネマスコーレ、今池のナゴヤキネマ・ノイ、刈谷日劇のみであった。
『ドライブ・マイ・カー』がアカデミー作品賞ノミネートされた監督の新作にも関わらず、公開はミニシアターのみ。
明確な意思を感じざるをえない。


鑑賞前に予告を見て、あらすじを読んだのだが、どのような内容なのかいまいち理解できなかった。
『悪は存在しない』という強烈なタイトル。
果たして、これは何の映画なのか。



冒頭に延々と流れる木立のショット、いざ映画が始まっても何を見せられているのか分からず、戸惑う。しかも結構長い。
その後、主人公 巧の薪割りシーンなのだがこれも結構長い。雪山の中で朴訥とした男がチェーンソーで丸太を斬って、斧で割る。それをひたすら見せられる。


村の便利屋 巧と娘の花


その後も、水を汲みに行ったり、娘を車で迎えに行ったりと淡々と村の暮らしが描かれる。
本当に何も起こらないのだが、何故か画面に引き込まれてしまう。
同時に、この映画はどこに行くのだろうか、どう展開していくのだろうか、と先が見えずに不安いっぱいになる。

森の木々、棘のある木、動物の足跡、遠くで聞こえる銃声。

振り返ってみると、最初の1幕で何となく眺めていたシーンが最終的にクライマックスに収束していくことになる。
いわゆる伏線のような、わざとらしさは一切感じない。


第2幕からは、濱口監督の真骨頂。
最高に面白い会話劇が繰り広げられる。

まず、グランピング施設を建設しようとする芸能プロダクションの社員コンビ。
上司の高橋と部下の黛の2人が最高。

村民へ向けた説明会のシーン。

「はいはい、貴重なご意見ありがとうございます。持ち帰って検討します」と、薄っぺらく適当でぞんざいな対応をする高橋、
一方で真摯に適格な受け答えをする黛。
2人の性格と立ち位置が見事に表現されている。

一旦東京に戻った後、再び村に向かう車中のろくでもない2人の会話。
これがまた長い。
マッチングアプリとか、この仕事やめよっかなぁとか、着地の見えない話題がまたまた延々と続く。
これが良い、とても良い。
単純で単調な会話が文字通りドライブして飽きさせない。

そして、中盤最大の見どころ、うどん屋。
ここは劇場が大爆笑に包まれた。
私が見た回は比較的高齢者が多かったのだが、おじいさんもおばあさんもドッと沸いていた。

クライマックス。
自分の目で見てもらった方がいいです。

この作品は解釈の余地が多くあり、非常に語りたくなる1作である。
また、ラストの展開は否が応でも「考察」をしたくなってしまう。

巧はなぜあのような行動を取ったのか?
花はなぜあの場所にいたのか?
高橋はどうなったのか?

いくらでも想像を働かせることはできる。
考えずにはいられない。

だが、結局のところ、それも含めて監督の意図どおりなのではないか。
分かった気になるなよ、理解したと思うなよ、そんな挑発にすら感じる。

106分間ずっと、濱口竜介監督の手のひらの上で転がされていただけなのではないか、という気すら思えてくるから恐ろしい。

映像の美しさ、音楽の素晴らしさ(企画の原点!)、ストーリーの面白さ、鑑賞後も持続し続ける余韻の長さ。
「面白かった」としか言いようのない本気の傑作。

(text by President TRM)







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