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光明 最終章

最終章
未来へ

ミランダの発信ペースが尋常ではなくなっている。何かに追い立てられているようですらある。
「先生、ミランダが一日に一回食事をとるだけになりました。散歩もしません」
という報告をカチンスキは何度か受けている。
エミリはミランダに諭すように、散歩、食事をきちんと摂るように言うのだが、その都度ミランダは微笑み「私は大丈夫」と応えるらしい。
エミリはミランダの身が心配で堪らないのだが、あの澄み切った目で見つめらると、そんな心配が自分自身の心の安寧の為ではないのかと自問せずにはいられない。

既にミランダの発信は書籍にして、一巻約千ページ、二十巻にも及んでいる。
ミランダは時折、カチンスキ、エミリをはじめ研究所の所員を集めて発信内容の補足説明をするのだが、その容姿は回を重ねるごとに衰えていく。
しかし、そのことを忘れさせるほどの神々しさがある。
ある者は両手で胸を抱き、またある者は合掌する。
世界中の知識人が集められたこの研究所で、真の意味で神の存在を信じている者は、ほぼ居ない。
にも拘らず、ミランダに神めいたものを肌で感ずるのである。

人間は自分の能力では理解できないことに接したときに畏怖する。

ミランダの七歳の誕生日に、研究所をあげて、お祝いをしょうということになった。
メインホールに集まった多くの研究者を前にミランダは演壇に立った。
全員が、ミランダの発言に固唾を飲み注視する。
しかし、ミランダは何も喋らなかった。ただ微笑むのみなのである。

どれくらいの時間そのようにしていただろうか・・・

ミランダの姿が霞んでくる。参加者全員に何かこみ上げてくるものがあり、涙が溢れ出て止まらないのである。

その時、ミランダの周りに光背が現れる。初めはうっすらと・・・
やがて、それが眩いほどになった時、ミランダは崩れ落ちそうになった・・・

側にいたカチンスキがかろうじて支える。
その顔は少し微笑みをを浮かべている・・・が、呼吸はしていない。
カチンスキは反射的に手首の脈を診るが、首を横に振る。
エミリは、堰を切ったようにこみ上げてくる感情をどうすることも出来なかった。
辺りを憚ることなく号泣した。
この子は父母の顔を知ることなく、その愛情も知らず、甘えることすら知らず、
わずか七歳で生涯を終えようとしている。
人類を混迷から救うためだけに生まれてきたのかと思うと、胸を締め付けられるような思いにかられるのである。
カチンスキも溢れ出る涙を拭おうともしなかった。

そして、ミランダ、エミリを抱きしめ・・・
「ミランダありがとう。もうゆっくり休んでいいんだよ。
エミリ、これは終わりじゃないんだ。アフリカで飢餓と貧困の為に亡くなっている多くの子供たちが、ミランダのおかげで救われる。
その中にミランダのような子供がまた出てくるだろう・・・
私たち親子にはまだまだすべきことがあるんだ・・・」
と、言いたかったが言葉にならなかった。

                                完

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