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ウィーンの辻音楽師

グリルパルツァーという劇作家の短編小説を読んでいます。小説のタイトルは『ウィーンの辻音楽師』。本を開くと、もう一編『ゼンドミールの修道院』と題されたお話も載っていました。私はこちらの方から読み進めました。

圧倒的な迫力。ただならぬ感じが伝わってくるような、一分の隙もない物語です。内容は殺人、不倫、贖い、とかなり重苦しかったですが、読了後の胸の重たさは心地よく、所感としては、すごいものを読んだな、という気がしました。

感動のさめやらぬ内に、『ウィーンの辻音楽師』を読んでしまおうとページを捲り、先ほど読み終えたのですが……なんと言うべきか……、小説というよりも、宗教の聖典に触れたような清らかな心地になりました。

その人間好きの私に言わせれば、とりわけ人間が群衆の中に融けこんで、しばしの間それぞれの日頃の目的を忘れ、自身を全体の一部と感じる時こそ、実はとどのつまりはその全体の中に神が宿っているのである——こういう私にとっては、民衆の祭りはすべて、ほんとうの意味の魂の祝祭であり、聖地巡礼であり、神への帰依である。

上で引用したのはウィーンの祭りにおける主人公の語りです。その後、とある年老いたバイオリン弾きが出てきます。主人公との会話から、その人の台詞を引用したものがこちらです。

朝の三時間は稽古、昼間は生活の道、晩は自分と神様のために取っておく、この分け方はそう恥ずかしくないものと思います

物語というよりかは、私はこのバイオリン弾きの言葉の一つ一つに胸を打たれました。

語るのは野暮かな、と思うほど素晴らしいお話でした。こんなふうに年を取りたいと心から思います。

「あんたの話が聞きたいんだよ」
「話ですって? お話しするようなことは何もありません。今日は昨日の繰り返し、明日は今日の繰り返し。あさってももちろん同じこと、それから先は、誰にも分りゃしません」

グリルパルツァーは劇作家なので、書いた小説というのはこの二篇のみのようです。
上手く言葉にはできないけれど、よかった。とにかくよかったです。


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