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「世界恐慌が起きた1930年前後は全く同じ状況ではないものの現状と比較すると類似点が多く示唆に富んでいる」周南公立大学・内田善彦氏 2/3

周南公立大学の内田善彦氏に、レイ・ダリオの「世界秩序の変化に対処するための原則 なぜ国家は興亡するのか」に関連して現在の地政学リスクなどについて伺いました。

内田善彦氏 プロフィール

周南公立大学教授。1994~2023年日本銀行。金融研究所・企画役、金融機構局・企画役等。この間、2005~07年大阪大学大学院経済学研究科・助教授、2014~17年金融庁監督局・監督企画官、2017~19年東京大学公共政策大学院・教授、2019〜23年東京大学総合文化研究科・教授、特任教授。金融機関のリスク管理・経営管理に関して様々な角度から考察を加える。2023年株式会社クエストリー取締役。2023年6月から現職。東京大学工学部卒、同大学院修了(工学修士)、コロンビア大学大学院修了(ファイナンス数学修士)、京都大学大学院修了(博士(経済学))。社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。

取材実施日

2023年12月28日

2024年の米国大統領選挙は内戦や革命のような激しい変動の可能性を示唆している

ーー2024年の米国大統領選挙は、地政学的リスクにどのような影響を及ぼすと考えられますか。

レイ・ダリオ氏が述べるビッグサイクルの文脈で見ると、2024年の米国大統領選挙は内戦や革命のような激しい変動の可能性を示唆しています。

すでにコロラド州では連邦最高裁を巻き込むような事態に発展しており、意見の分裂が顕著です。これはマイルドな内戦状態とも言える状況であり、トランプ氏が関与する訴訟案件の進展によっては、米国の内政がさらに混乱する可能性があります。

過去にトランプ氏が出馬した選挙のような激動が再び起こり、ウクライナ戦争やイスラエルの状況とも結びついてしまえば、中国が台湾に介入する機会にもなり得ますが、中国も経済的・政治的な問題を抱えています。

米中の自国中心主義が強まるほど双方の妥協点を見いだすことが難しく、衝突が広範囲に広がる可能性があるでしょう。

そのほか、中国とロシアのアライアンスの可能性やアルゼンチンなど周辺国の政治的変化も、地政学的リスクを高める要因となります。これらの要素が米中間の緊張をさらに増大させれば、世界的な紛争に発展することが考えられます。

中国には内需外需ともに懸念点があり、簡単に回復するとは考えにくい

ーー現在の中国の経済についてはどのように見ていますか。

以前よりも不透明感が増していると感じています。経済指標や報道の信頼性に疑問がある中、良い指標が少ないです。

中国には内需外需ともに懸念点があり、簡単に回復するとは考えにくい状況です。構造改革を行う必要がありますが、政治体制の特性上、本格的に実施できるかは疑問が残ります。

そのほか世界経済の不透明感やコロナ後の財政支出の増加、気候変動など、様々な要因が経済のボラティリティを高めています。このような状況下で、中国が積極的な構造改革を行いながら景気を下支えすることは非常に難しいでしょう。

2024年度の経済成長率は、政府目標である5%を割り込む可能性すらあると考えられます。

米中の関係が改善し、昔のような貿易を再開するシナリオも存在しますが、自国中心主義が加速するほど貿易は縮小し、経済に悪影響を及ぼす可能性が高いです。

ーー中国で積み上がっているさまざまな問題が戦争に繋がる可能性を持っているということでしょうか。

そのとおりです。

レイ・ダリオ氏も指摘しているように、米国が中国に必要なものを提供しない、またはその逆の状況が発生すると、両国の困窮度が高まり、許容度の低下や強硬的な貿易措置へとつながります。

これらの措置が双方の内政的、政治的な安定度に影響を与え、戦争のリスクを高める可能性があります。

米国が中東に資源を割けば、台湾や南太平洋、西太平洋が手薄になり、多方面に影響が出る可能性がある

ーーそのほか、注目している今後の地政学的なトピックがあれば教えてください。

中東の状況にも注目すべきです。

特にイスラエルとイランの関係が中東全体の問題に発展する可能性があり、米国がどれだけ資源を割いて対応するかがポイントです。

米国が中東に資源を割けば、台湾や南太平洋、西太平洋が手薄になり、多方面に影響が出る可能性があります。

さらに、ウクライナの状況も重要です。ロシアと中国が軍事的に手を結ぶ場合、米国に対するカウンターパワーとして無視できない存在になります。

また、大きな第三勢力が突然現れ、米国や中国のパワーバランスを崩す可能性もあります。今後1年から2年の間は、これらの国際情勢の動向に注目し、これらに基づいた投資戦略を考えることが重要でしょう。

世界恐慌が起きた1930年前後は、全く同じ状況ではないものの現状と比較すると類似点が多く示唆に富んでいる

ーーここまでお話しいただいた地政学的リスクは、マーケットにどのような影響を与える可能性がありますか。

地政学的リスクが高まっている現状を踏まえると、民族紛争や国家間の戦争の発生確率が高まるテールリスクを考慮してポートフォリオを構築することが重要です。

例えば1930年前後の世界恐慌の時期は、全く同じ状況ではないものの、現状と比較すると類似点が多く示唆に富んでいます。

昨今の米国は株式投資や貿易が盛んですが、他国はコロナウイルスによる財政支出などで米国以上に余裕がありません。1930年代の他国も、第一次世界大戦による支出のリカバリーが不十分だったことなど、財政的な面で類似点が見られます。

一方で、現在の外国為替レートの扱いは恐慌当時とは異なり、全ての国でマネーサプライを安易に増やせば、国際為替市場で自国通貨が安くなるリスクが生じます。金利の操作にも為替レートを考慮する必要があり、制約条件が多い状況なのです。

いま米国が倒れてしまえば世界経済が大きな影響を受け、世界のGDPは10パーセント程度減少する可能性すらあります。リーマン・ショック時のGDPマイナス1パーセントを遥かに上回る規模の影響が出るでしょう。

自国中心主義はリスクを増大させる一方で短期的な利益を増やすため、衰退期の産業においてよく見られる

ーー第一次世界大戦時の状況も、現在の地政学的リスクを理解するにあたって参考になりますか。

第一次世界大戦に関しては、発生背景を考慮することが地政学的リスクを理解するうえでは有益です。

第一次世界大戦は歴史上初めて世界全体に影響を及ぼした戦争であり、地域紛争がどのようにして世界的規模に拡大するかを示しています。

この戦争がなぜ起こったのかを紐解くことは、現状の地政学的リスクを考えるにあたって非常に興味深い試みになると思います。

ーー詳しく教えてください。

前提として、技術の進化と戦争の拡大は密接に関連しています。第一次世界大戦の拡大は、鉄道の発展によるロジスティクスの革命が一因となりました。技術の進展や国家の財政能力の向上、自国主義への傾倒によって戦争が長引き、多くの犠牲者を出したのです。

自国中心主義は、リスクを増大させる一方で短期的な利益を増やすため、衰退期の産業においてよく見られますが、第一次世界大戦から学び、長期的な視点でリスク管理することの重要性を忘れてはいけません。

第一次世界大戦を示唆的に捉え、類似の事態を回避するための戦略を考えることは、地政学において非常に有益であると考えます。

銀行の与信基準の厳格化が進んでいることが企業や不動産市場にとって逆風となり、経済に影響を与えていると考えられる

ーー最近のマーケット全体についてどのように見ているのか教えてください。

現時点では全般的に好調であり、大きな問題は見受けられません。しかし、将来を見据えると、いくつかの要因がマーケットに影響を与える可能性があります。

特に注目すべきは、米国と中国の関係の悪化です。

現在、両国間の貿易における取引量が減少しています。この傾向が続き、貿易戦争のような状況に発展すれば、マーケットに悪影響が及ぶでしょう。

ーー米国の2023年の金融政策や景気後退に関してはどのように捉えていますか。

2023年の景気後退は事前のコンセンサスよりも軽微だったためソフトランディングに向かっているという見方もありますが、私はまだそのような判断は時期尚早と見ています。

今後も一定程度の景気後退は避けられないでしょうが、具体的な道筋はまだ不透明です。引き締めが進んだことも事実ですが、その影響が本格化するのはこれからでしょう。

特に、銀行の与信基準の厳格化が進んでいることが企業や不動産市場にとって逆風となり、経済に影響を与えていると考えられます。

米国では過剰貯蓄の減少や学生ローンの免除などの政策変更もあり、消費面の明るい話題は多くありません。クリスマス商戦でも、株価が示すほどの好材料はありませんでした。

これらの要因を総合すると、2024年上半期にはマイナス成長が発生する可能性があると考えられます。

ーー「銀行の与信基準の厳格化」について詳しく教えてください。

厳格化された与信基準により、企業や不動産市場が資金調達を行う際のハードルが高まっています。

現在は特に地域金融機関を中心とした銀行セクター全体に影響が及んでおり、新規事業の立ち上げや事業拡大を目指す企業にとって大きな課題となっています。

参考:ユーロ圏企業、融資需要が過去最低 銀行与信厳格化=ECB調査 | ロイター

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内田善彦氏の全3回のインタビュー、3記事目に続きます。

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