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【うなぎ】 Amanda meets #教養のエチュード賞


登場人物紹介

アマンダ: Shop! Amanda! Amanda! にてネットやラジオでの商品販売をしている。

岡星: アマンダの部下。愛想が悪い。緊張状態になると村上○樹調になる傾向がある。


*音楽を再生しながら読んでいただけるとより一層楽しめます。








うなぎ




















 不思議な話をしようと思う。とても個人的な体験だ。興味があれば読んでくれると嬉しい。そんなに長く話すつもりはないよ。だってこれはほんとに個人的な体験なんだからさ。

 あの日、厳密に言うならばクリスマスのちょっと前のことなんだけど。そうだね、確かすごく寒い日だった。その時は夜だったんだけど、こうさ、空を見るとそのまま寒気が街の音とか色とかいったものをクリアに吸い込んでいくような濃さって言うか。家に帰ったらやらなきゃいけないことがたくさんあったものだから何かお腹に入れておきたくて思い出した。駅から少し歩いた所に何年か前にオープンした鰻屋があったなって。せっかくだから美味しいもので胃を満たそう、多少値が張るだろうけど、そんな気持ちでワクワクしながら向かったんだ。

 『うなぎ 嶋づ』

 暖簾は新しいけれどもしっかりとしたものだし以前はずっと蕎麦屋だった建物は時間の織りなす重厚感や息をしているような生命感もある。引き戸を開けて中に入るとふっと密度の違いを感じた。外との気温差なのだろうけどそれはある種の閉鎖された空間の持つ神秘性のようにも感じられた。大丈夫かな、もちろん値段的な面で、そんなことを思っていると、「いらっしゃいませ」と落ち着いた笑顔で店主と思われる男が焼き台の側から声をかけてくれた。

 「宜しければこちらのテーブルへどうぞ。」

 ホールの担当の方が自分のためのにテーブルを用意してくれた。ものすごく上質な木材ではないのだろうけれど、大切に磨かれていることが一目でわかる気持ちのいいテーブル。不思議な話はいつ始まるのかって?まあちょっと待ってくれよ、いいお店だったからもうちょっと話したいんだ。

 テーブルの上には何もない。箸の入った箱も山椒も何もない。お店として全部任せてくれってこと、久しぶりに緊張した。すると先程の女性が小さめの湯呑みにお茶を淹れて持ってきてくれた。寒かったでしょうって。少しぬるめ。すぐに飲んで体の芯からじんわりあったまるような温度。心地よかったなあ。寒さで緊張した肩から空気が抜けてくように楽になっていった。で、お品書きを渡された。値段は決して安くない。高すぎもしない。たまの贅沢に好きな人と来るのにいい具合のしっかりとした値段だ。何頼んだのかって?さっきまでの寒さをすっかり忘れてしまってさ、瓶のサッポロを頼んだんだ。それにうな重の松、それを待つ間のお供にキモも焼いてもらうことにした。

 焼き上がりに時間がかかりますってことだった。煙があがる。うなぎからゆっくりとした呼吸みたいに、そうそう、ささやき声みたいにさ、湯気が出る。あ、ここからが最初に言った不思議な話。焼き上がりを待ってたんだ。ビールを美味しく飲める分だけ注ぎながらね。そしたら妻と出会った頃を思い出したんだ。

 まあそうだよな、いきなりなんの話かって思うよな。若い頃に出会って恋に落ちて、早くに結婚した。あまり裕福な時期はなかったけれどいろんなところへ一緒に行ったし、何度か違う土地へ引っ越したり、楽しく過ごしてきた。でもちょっとづつ何かの歯車がズレてたんだろうな。その時は気づかなかったけど、一緒に何かを食べたり映画を観たり、そういったことが減っていって、まあこれくらいにしよう。大事なのはここじゃないんだ、話を戻すよ。

 そう、思い出したんだ。思い出したってのとは違うかな。出会った当時に流れてたような音楽とかはもちろん、空気の匂いとかそういったものを再体験した。出会った頃は夏の終わり。カフェへ行ったんだ。温かいコーヒーを飲むか、それとも氷とクリームをふんだんに使ったものにするか、そんなことを迷うような季節の境い目。冷たいモカの底に沈んだチョコレートソース、甘かったなぁ。

 キモが焼き上がり、その艶に喉がなった。最高の瞬間だ。そう、この瞬間を最高だって思ってるんだ。美味しいものを目の前にして自分のエゴとか悩みとかそんなものに分散されてた意識が元に戻って一つのことに照準を合わせる瞬間。どんなに嫌なやつでも気の合わないやつでも目の前でゴクってやってたらなんかどうでも良くなる。最高だ。店主と目が合った。ニコッとされてあっ!ってなった。きっと、多分の話だけど、この店主も同じような瞬間を見逃したくないんだ。

 キモをひとかけかじる。まずはタレの甘みと香ばしさ。押し付けがましくない程度にタレを纏わせて焼かれたキモ。苦味とまろみ。そのあとに清涼さが鼻から抜ける。泥抜きされる間のうなぎを思う。これもきっと多分の話だけどさ、多少の会話があるんだ。朝の仕込みで店に着いた時とか、節目節目に店主とうなぎの間に。ただそんな気がした。

 会話。どれだけの年月を共に過ごしてきただろう。おかしな話なんだ。出会った頃は毎日何時間だって電話して話したのに。疲れたから、明日朝早いから、酔っ払ったから、そんな色んな理由で言葉を交わす機会を。別に長く話すことが大事なわけじゃないのにさ、おかしな話なんだ。何がおかしいかってさ、こんなことをうなぎのキモかじりながら考えてるってのがまたおかしな話なんだ。なんだかこの辺りでさ、食べる姿をこの店主に預けたいって思ったんだ。

 ビールがなくなった。ぬるめのお酒をもらうことにした。

 奈良漬にカブの浅漬けをコリコリ噛みながら店内を見渡してみる。じっくりと串の位置を動かして焼き上げる店主の姿。蕎麦屋だった頃の名残を感じるカウンターの濃い木目。色んな人がいい時間を過ごしてきて、世代も変わり、店主も変わり、こうしてうなぎが焼かれている。変化。急に変わることもあればゆっくりと馴染んでいくような変化もある。以前の蕎麦屋は後継ぎなんかの問題で店を閉めたんだった。そのお店を今の店主が鰻屋として生まれ変わらせる。生まれ変わるってのは変だな。まあ、伝統ある蕎麦屋が鰻屋になった。これは急な変化だよ。でも鰻屋になってからじっくりと蕎麦屋だったお店が今の店主の鰻屋になっていく。それはまた違う意味の変化。この変化は信念とか色んなものが必要になる変化。今の自分はどうだろう。もちろん過去が全てで出会った頃が最良であったわけではないけど、自分たちにとって結婚は2人で生きていく大きなきっかけで、そのあとはどう変化してきただろう。

 ジュッと音がした。視線を上げて厨房の方を見る。焼かれたうなぎが炊かれたご飯に並べられた音。焼けたタレとうなぎの脂がご飯にさらなる熱を伝える音。音さ。蓋をした音も。再度目が合った。ニコッとされて確信したんだ、この店主は私のためにうなぎを美味しく焼いてくれた。ありがとう。本当にありがとう。

 目の前にうな重。大根と大根の葉のお漬物、肝吸。お重の蓋を平行に持ち上げる。玉手箱みたいに湯気が漏れてそのアロマは僕を過去へ引き戻そうとする。楽しかった時間、今よりもっと感動して、喜びをもっと素直に言葉にした日々。首を振る。感傷に浸ってはいけない。目を開けてうなぎのその姿をみる。蒸さずに丁寧に焼き上げた上等なうなぎ。腹はこんがりときめ細かな焼き上がり。輪郭を成す背の肉の盛り上がりの官能的なこと。再度喉がなった。店主はその姿を微笑んで見ているのだろう。だが目も合わせられないほど勢いよくひと口目を口内へ放り込む。熱い。けど、うまい。タレと火でキャラメライズされたうなぎの香ばしいさ。肉の繊維がミチミチと爆ぜて山の香りが広がる。じゅわっ、ピーナッツ・バターを思わせるほど濃厚な脂肪の旨みで口が満たされたと思うと、皮目の潤いがこれは海と川の恵みでもあることを思い出させてくれる。うなぎ。深海で生まれて海を渡り川を上るその力強さ。うねるように流れる地球の縮図を味わう料理だ。そこにご飯。うなぎだけじゃ柔らかくてすぐ飲み込んでしまいそうになるところに硬めに炊かれたご飯が入り込んできてさらなる咀嚼をねだってくる。そのお返しに芳醇な甘みを、永遠に続きそうな旨味の快楽を与えてくれる。ループ、ループ、ループ。口内で旨味の洗練が繰り返されるけれど私はついにそれを飲み込んだ。その質量が僕の心臓をノックして新しい血が作られていく。

 どんな顔してたんだろうなって。きっと目を瞑ってたりしてたんじゃないかな、覚えてないんだけどその後に店主の顔をみたんだ。相変わらずニコッとしてて、こっちの思いというかさ、伝わるものなんだね。伝えたいって何かを思うこととは別の話なんだ、きっと。なんか嬉しくてつい声に出したんだ、すごく美味しいですって。美味しくうなぎを焼く人に美味しいですってなんか自分でも語彙力低いなって思うけど、だってほんとに美味しかったんだ。その店主だけじゃなくて、お店で働いてる人やうなぎや建物全部にさ。そしたらすごい爽やかに、ありがとうございますって。

 食べ終わって一息ついて、お会計をした。また来ますって言って外へ出た。寒かったけどなんだかまだ家に帰りたくなくて、その理由はなんだろうって。歩きながら考えたんだ。そしたら花屋があった。遅くまでやってるんだな、そうだ、妻になにか渡したい、そんなことを思った。不思議なものだね、今まで花なんか買ったことないのに。恐る恐る花屋さんに話しかけた。お花が欲しいのですが、って。ご自宅用ですか?それとも特別な人への贈り物ですか?そのどっちもなんだけど、照れずに言ったよ。今日妻に渡したいんです。クリスマスのデートの約束がしたいんです。

 自分でもよくわからない。何言ってるんだ。でもさ、いろんな花があって、花屋っていいなって。もちろん花屋だからいろんな花があるんだけど。
 いろいろな質問に答えていく。奥様はどんなお色が好きですか?好きな季節は?とにかくいろんなこと。どんな表情が好きかとかさ、ちょいちょい恥ずかしくなるような質問もきて、だんだんと妻の好きそうな花とか似合いそうな花とかが記憶の中と合わさっていく。出会った頃は夏と秋の間くらい、確か植物園に行った。色とりどりの花を見た。出会った季節のようにきらびやかな花ではないけど、冬にもたくさんの色の花があって、きれいな葉もあって、妻のためのブーケができた。柔らかな香りがした。

 気持ちはすごく盛り上がっていたけど、妻はもちろんそんなこと知らない。いつものようにちょっと冷たいかもしれない。玄関を開けた。ただいまって。手を洗って花束を渡した。すごくステキな鰻屋さんを見つけたんだ。よかったらクリスマスのどこかで一緒に行かないか、って。

 なんでクリスマスに鰻屋さん?どうしたの、急に花なんて?そう言って妻は少し不思議そうな顔をした。12月24日木曜日。その日に決めた。たいして不思議な話じゃないって?そんなことない、とっても不思議な話だよ。そしてゆっくりと、変わらないものも変わってしまったものも、好きなことも好きになれないことも、全部、あの冬の夜の空にさ、綿毛みたいに浮かんで、朝が来るまで漂ったら、どこかへステキな所へ届けばいいなって。そこできれいな花が咲けばいいなって、そんなことを思ったんだ。



☆ ☆ ☆



 「ふぅっ。」

 「どうしたの、岡星。ため息なんて。」

 「あ、アマンダさん。だいぶ寒くなってきましたね。」

 「そうね。ねえ、岡星、どうしたのかしらため息なんてついて。」

 「実は最近文章を書いてまして、今度コンテストに応募しようと思ってるんです。その下書きが今さっき終わったんです。」

 「あら、岡星、すごいじゃない!でも今は勤務中よ。冬は弊社のダックス羽毛布団が1番売れる時期だからこれからすごく忙しくなるわ。岡星には弊社の2番手としてバリバリ現場を指揮してもらうつもりよ。」

 「アマンダさん、ありがとうございます。昨日もたくさん問い合わせとご注文を頂いて。」

 「そうみたいね。まだ半月なのに先月のセールスを超えてたわ。で、岡星、そのコンテストに応募する文章、わたしも読んでみたいの。あとでデータを送ってくれる?」

 「アマンダさん、ありがとうございます。ちょうど誰かに読んでもらいたくて。すぐ送ります。」

 「ok、岡星。全力で読んで感想を言うわ。」

 「ありがとうございます!」


☆ ☆ ☆


 ふむふむ、へえ、岡星、頑張って書いたわね。タイトル、うなぎ……?確か岡星うなぎあまり食べなかったはずなのに。ああ、そうか!食レポね!これはフィクションの食レポよ。でもちょっとトーンが暗いっていうか。年末なんだしもっと元気よくさ、ポーーーンと書けばいいのに。むむむ、なにこれ、キャラメライズ?ピーナッツ・バター?違う、そこの反応はこうよ。こう。ええいっ、こうの方がいいわ。そう、勢い!いいわ、文章がイキイキしてきた!うふふ、これはいいわ!イカすわ!ハッキリ言ってすごくイカすわ!よーし、筆が乗ってきた!きっと岡星も喜ぶと思う!ちょっと長いから、こうね、こうするの。あ、もうすぐラジオの時間。スタジオへ移動しましょう。


 ハーイ、わたしアマンダ!皆さん今日のご機嫌はいかが!?
 うふ、わたし?もちろん最高よ!最高にご機嫌なわたしアマンダが最高にご機嫌な商品を紹介する、SHOP!Amanda!Amanda!今日も始まり!
 今日皆さんにご紹介するのは、ダックス羽毛布団!フカフカの手触り、フカフカの肌触り、フカフカの舌触り、高品質のダックの羽毛のみで作られた、ダックス羽毛布団!今年の寒気はこれでブロック!みんなもう手にしてくれたかしら?ダックス羽毛布団!

 今日はいつも羽毛を送ってくださってる養鴨場にきています!見てください!見渡す限りの真……………


 「アマンダさん、お疲れ様です。今日もたくさん売れてます。」

 「よかった!養鴨場でのレポートはとても効果的だったみたいでうれしい。羽毛の増産の目処も立ったし今年の仕事の目処がついたら何か美味しいものでも食べにいきましょう。」

 「アマンダさん、ありがとうございます。美味しいお店見つけたんですか?」

 「そうなの!木目調で落ち着いた店内でステキなお店よ!古典的なダイナーって感じで、トマトソースで仕上げた美味しいカネロニを食べさせてくれることで有名なの!カネロニよ!ほうれん草とリコッタ・チーズのたっぷり入った、熱々のカネロニ!」

 「それは美味しそうですね。あ、そうだ、先日の文章、読んでくれましたか?」

 「ああ、そうよ、岡星、その話よ。なかなかいい出来の食レポだったわ。」

 「え?」

 「うなぎを食べたくなるような、いい食レポだったわ。」

 「食……レポ?」

 「そうよ。食レポよ。ちょっと長かったしトーンが暗めだったからわたしの方で手直しして送っておいたわ。」

 「は?」

 「送っておいたわ。」

 「アマンダさんがですか?」

 「送ったわ。」

 「コンテストに?」

 「送ったわ。」

 「ちょ、ちょっと待ってください!見せてください、その文章!」

 「いやよ!もう送ったから見れないわ!」

 「めちゃくちゃだ。もう、めちゃくちゃだ。」


☆ ☆ ☆


 数週間後の朝。冬の晴れた朝のこと。

「あれ、あ、コンテストの結果が出てる!これ、アマンダさんの送ったやつみたいだ!佳作!なになに、なんのことかよくわからないがパワーをもらった!?すごい!アマンダさん、すごい!読んでみよう!」








うなぎ/ Merry Christmas  My  Darling









 とっても幸せなお店を見つけました!

 それはすごく寒い日、クリスマスの季節の少し前のこと。仕事をまだ抱えていて家に着いたらもうひと頑張り、でもその前に少し腹ごしらえを。そういえば駅から少し歩いた所に何年か前にオープンした鰻屋があったなって。

 『うなぎ 嶋づ』

 以前はずっとお蕎麦屋さんだったお店。いささか緊張する造りのお店の扉をゆっくりと開けたの。「いらっしゃいませ」と落ち着いた笑顔で店主と思われる男性が焼き台の側から声をかけてくれた。

 「宜しければこちらのテーブルへどうぞ。」

 大切に磨かれていることが一目でわかる気持ちのいいテーブル。箸の入った箱も山椒も何もない。お店に全部任せてちょうだい、そんな逞しさを感じた。店員さんが小さめの湯呑みにお茶を淹れて持ってきてくれた。寒かったでしょうって。ぬるめに淹れられたお茶。ふうっとひと息水面にかけて、その湯気の中の香りを空気の中に含ませてみる。山の香り、温かな陽気を感じる。まるでお茶畑のそばで横たわって日向ぼっこしてるみたい、身体がほこほこしてきて気持ちがよかった。

 そうそう、何を頼んだか気になるわよね。うな重の松に肝を焼いてもらいました。焼き上がりに時間がかかりますって。

 うなぎが焼き台に乗って、土の香りが空気に混じった。お茶畑、もっと暖かに。

 肝が焼き上がってそれはそれは艶の色っぽい姿。ゴクって喉が鳴って店主と目が合った。ニコッとしてこっちをみていてわたしもニコって笑っていただきます。

 お皿は磁気。つるりとした表面にタレが艶やかに映えて野趣あふれる味わいに繊細さを。それでいてピシッとした焼き上がり。店主の性格かしら。

☆ ☆ ☆

 「アマンダさん、真面目に書いてる。」

☆ ☆ ☆

 奈良漬にカブの浅漬けをなるべく音を立てぬように噛む。ジュッと音がした。視線を上げて厨房の方を見る。焼かれたうなぎが炊かれたご飯に並べられた音。焼けたタレとうなぎの脂がご飯にさらなる熱を伝える音。音。蓋をした。再度目が合った。ニコッとされてうな重が届いた。

 蓋を平行に持ち上げて玉手箱みたいに湯気が溢れてその香りはわたしをどこか遠い場所へ連れて行く。






ガッデーーム!

フレディー・マーキュリー!!

カモーーン!!







☆ ☆ ☆

 「ア、アマンダさん、やっぱり……やっぱりそうなるのね。」

☆ ☆ ☆

 目の前に見事なうなぎ!運命のひと口目!がぶっ!!

 ふかふか。蒸さずに焼かれたうなぎ、そうよ、このうなぎは蒸さずに焼かれたうなぎ!厨房内に蒸し器なんて見当たらなかった!なのに、なのにふかふかよ!まるで弊社の【ダックス羽毛布団】みたいにふかふか!!ダウニー!ガロン単位で売られるフカフカの柔軟剤を思い出した!空気みたいに軽くてフカフカの仕上がりなの!

 「欧米かっ!」

☆ ☆ ☆

 「お、欧米!ダメです!アマンダさん!」

☆ ☆ ☆

 口に出してしまったと思う。でもね、本当はおぼえてないの。なにせうなぎに夢中だったから。

 焼きは関西、背開きです。カリカリに焼き上がった腹の身、自身の脂が炭火に落ちて燻されるように焼きあがったEelのbelly!じゅわりと広がる旨み、それはさながらホテルのアメリカン・ブレックファーストのベーコンのように香ばしい!気づけばわたしははるか南の海のビーチ・サイドのホテルにいた!ねえ、最高よ!わたしは空を舞うような気分でうなぎの背に乗って南の島へ戻ったの!故郷!ここはうなぎの故郷!ホーム・タウン!

 グラスになみなみと注がれたオレンジ・ジュース!パワフルな香りと目覚めるような鮮やかな色が太陽の昇る世界のようにテーブルを染めていくの!Sunrise on my table!! 水を満たしたジャグは冷たく汗をかいてテーブルに置かれる。もう今日の楽しい予定で頭が一杯になる!薄めに入れられたコーヒーは新鮮なミルクと合わさり陽の強い朝に最適の濃さになって供されて、それを楽しみながら眺める波際で遊ぶ朝の小鳥たちのかわいいこと!

 シェフ自慢の火加減によるトースト、サニー・サイド・アップにベーコン!ステキなホリデーを彩る1日の始まりに申し分なく、必要な厚みと焼き目を与えられたベーコン!そうよ、この味はベーコンを彷彿とさせる味わい!夜なのにね、まだ始まったばかりの1日のようにフレッシュな感情が沸々と溢れ出して、わたしワクワクしてきた!

 「欧米かっ!!」

☆ ☆ ☆

 「めちゃくちゃだ……。でももう戻れない……!いけ!アマンダさん!」

☆ ☆ ☆

 確かに口にしたのだろうと思う。店主が少しびっくりした様子でわたしをみていたの。

 背の身を食べる。皮目のゼラチンと身のギッチリとした繊維が優しくほぐれていく。豊かな!なんと豊かな!その濃厚な味わい、わたしはどこかで味わったことがある、そんな気がしたの。目を閉じて振り返る。どこで会ったの?

 一人で旅に出た。長い長い旅。若い頃。お金はあまりなかったけれど時間と寝る時間がたっぷりあった。随分と疲れてしまったわたしに必要な時期だったの、きっと。

 トーストと大きな野菜、セロリとかカリフラワーにキャベツなんかを食べて過ごした。ある日スーパーでセールで売られていたそれ。手に取りカゴに入れて買い求めた。一口食べてびっくりしたわ!こんなおいしいものがあったの!?そんなご機嫌な気持ちにさせてくれた。そう、トーストに塗るだけで幸せにしてくれた。わたしの思い出の奥にある大事な大事なあなた。そうピーナッツ・バターよ!

 大好きな、スキッピー・ピーナッツ・スーパーチャンク!!

 「だから、欧米かっ!!」

 あまりに興奮したものだから、きっと口にしたのだと思う。ひとしきり心の声を表したところで大事なことを思い出した。仕事ばかりでなかなか時間を作れなかったなって。こうやってうなぎの焼き上がる時間をじっと待つ時間、ゆっくりとお話をして一緒に美味しい匂いを楽しんだり、喉のゴクってなるのを眺めたり。随分と長く忘れていた気がする。

 大変美味しくいただきました。笑顔のステキな店主に手を振って店を出た。近くにあるお花屋さんで暖かで穏やかな花束を仕立ててもらって、帰り道にあなたのことを思ったわ。確かうなぎはあまり得意じゃなかったわね。そうだ、今日の鰻屋さんみたいな気持ちにさせてくれる店。先日見つけたダイナー。熱々のカネロニの美味しいお店。オーブンの中でじっくりと火を通されて仕上がる最高のカネロニ!あそこならゆっくりと時間を楽しめるんじゃないかって、そう思ったわ。もし気に入ってくれたら、次は年始に一緒にここでうなぎも楽しめるはず!きっとこの雰囲気とお料理を気に入ってくれるわ!

 大変な一年だった。でもなんとか無事に越せそうね。毎日頑張ってくれてありがとう。

 メリー・クリスマス・マイ・ダーリン。




【完】


☆ ☆ ☆


 目の前がチカチカとした。いったい今日は何月何日なのだ?急いで携帯を取り日付をみる。12月17日。PCの画面にダイナーのホームページを映しオンライン予約の画面を開く。12月24日、木曜日。夜の八時に空席を見つけた。急いで席を予約してコメント欄に要望を伝えた。大切な人と大切な時間を過ごすのだ。

 彼女に電話をかけてみた。考えてみれば、僕が彼女に電話するのはずいぶんと久しぶりである気がした。常に電話をかけてくるのは彼女の方だった。六度目のコールで彼女が電話に出た。

 「おはよう、岡星。こんな朝に、何か問題発生?」

 「おはようございます、アマンダさん。違います、あの、」

 「なによ、岡星、いったいどうしたって言うのよ?」

 「アマンダさん、ちょっと前に言ってたダイナー、予約しました。24日の八時です。ラジオが終わって打ち合わせをしても間に合うと思います。」

 「え?予約してくれたの?岡星が?珍しいこともあるものね。あのカネロニの美味しいお店かしら?」

 「はい、そうです!」

 「ありがとう、岡星。その日なら六時半には全部終わるはずだからきっと行けるわ。楽しみね!」





 「ねえ、岡星、聞いてる?返事してちょうだい?」





 「おーい!聞いてる!?いったいどうしたっていうのよ !?おーい!おーかーぼーしー!」







 「岡星!何か返事しなさい!おーい!電波遠いの?さっきまで普通に話せてたじゃない!あなたいったい今どこにいるの?」














 僕はいったい今どこにいるのだ?彼女の声が遠くにあるような気がした。ダメだ、そっちへ戻っちゃいけない。僕はそう心に決めて声にしてみた。

 「アマンダさん!よかった!喜んでくれて!内心少しビクビクしてました!」

 「なによ、岡星、少し変よ!」

 「変じゃないんです、アマンダさん!」

 「ならいいけど。じゃあ、また後で。遅刻しないようにね。」

 「アマンダさん!」

 「なによ、声大きくない?」

 「窓から、窓から外を見てください!」

 「なんなのよ?まさか外にいるとかじゃないでしょうね?見たわ。いない。ちょっと安心ね。ねえ、何かあったの?」

 「アマンダさん、朝だ。」













【おしまい】












こちらの企画に参加しています。



もし嶋津さんが鰻屋さんを営んでいたら?きっとステキなお店になるんだろうな。そんなインスピレーションから書かせていただきました。

言葉の表現する世界が愛に溢れたものでありますように。

愛に満ちた世界から幸せの言葉がたくさん浮かんで、たくさんの花となってさらに多くの人のもとへ届きますように。

ステキな企画をありがとうございました。


読んでくださった皆様、ありがとうございます。


クリオネ




































本日も【スナック・クリオネ】にお越しいただいき、ありがとうございます。 席料、乾き物、氷、水道水、全て有料でございます(うふふッ) またのご来店、お待ちしております。