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原監督が語る学生が3大駅伝を走る意義

この記事では2023年11月1日発売の原晋・著『最前線からの箱根駅伝論』より本文の一部分を抜粋して公開いたします。


監督の心情が浸透するのは4年周期×2周


監督の仕事で、もっとも大きなものはやはり育成です。監督は誰しもその人なりの指導哲学を持っていると思いますが、それを浸透させるのがまず大変なのです。
私の経験も踏まえて言えることですが、陸上の長距離は短期的な視点ではなく、10年スパンでチームづくりをしていかないとうまくいきません。

過去の例を見ても、監督が3年、4年でコロコロと代わっているチームで勝ったためしがないのです。ましてや、本戦出場すら遠ざかっているチームを箱根駅伝で優勝させようと思ったら、最低でも10年はかかると見るべきでしょう。

学生スポーツは基本、4年周期でメンバーが替わります。私の感覚では、それを2周したくらいでようやく監督の信条がチーム全体に浸透していく。長距離走は狩猟ではなく農業系の種目と言えるのです。

土から耕して、種を植え、肥やしを入れたり、水をやったりしながら、じっくりと芽が育ってくるのを待つ。毎日毎日、そういうことを繰り返しやらないと、チームは成長しないのです。たとえ芽が出ても花が咲かないこともあるし、花が咲いてもすぐに枯れることもある。監督に対する信頼も、8年くらい経たないと培われてこないんですね。

それはいま、箱根駅伝で勢いが出てきた国学院大学や中央大学を見ても明らかです。国学院の前田康弘まえだやすひろ監督は、監督就任10年目にして出雲駅伝で初優勝を飾りました。中大の藤原正和ふじわらまさかず監督は就任8年目で、昨シーズンは箱根駅伝準優勝を飾っています。どちらも最初の2年ほどは苦しみましたから、監督のやり方がようやく選手に浸透してきた結果と見るべきでしょう。

新しく監督に就任すると、どうしても選手と衝突が起きます。前任の監督とはやり方が違いますから、むしろ選手のほうがハレーションを引き起こす。大学スポーツは大学組織に属するので、派閥関係などにも大きく影響を受けます。他のクラブとの足の引っ張り合いなどで、監督の立場自体も危ういのです。

じつは私も、就任3年目に危機を迎えました。監督の考えを浸透させるには、選手の反発を招いてでも厳しいことを言わないとダメなときがある。当然、選手とのあいだで食い違いも起きるでしょう。そこで上の人間がどう現場を収めてくれるか。あるいは選手たちが我慢できるか。もし早々に見限って3年周期で監督を代えたりすると、結局、チームは弱体化していくのです。

ある意味ではそれが、球技系のスポーツとの違いとも言えるでしょう。野球を例に挙げれば、A監督とB監督とでは明らかに采配が異なる。プロの指導者は各々の戦術を持っていますから、戦術が悪いからという理由で監督を代えるのはたしかにわかります。でも、陸上の場合、監督の仕事は選手たちを万全の状態でスタートラインに立たせるまでがメインです。レース中に何か特別な采配ができるわけではないのですね。

先ほど少し触れた、チームが3年目に危機を迎えた際、監督就任時に1年生だった子たちが、「4年生になる最後の1年を原監督と一緒に戦いたい」と大学の上層部に直訴してくれました。私は学生に助けられて、監督を続けることができたのです。

あのとき私が得た教訓は、指導者がまっとうなことをやっていれば、誰かが必ず応援してくれるということなんです。
常日頃から、やろうとしていることや、指導理念をきちんと学生たちに伝えられているかどうか。この伝え方というのも非常に大切なんですね。

2006年2月、監督就任2年後の箱根駅伝2回目の挑戦のあと、 選手たちとともに。

思いを言葉に換えて、学生の心にちゃんと届ける。それでなければ、「口で言わなくてもわかるだろう」「オレの言うことさえ聞いていればいいんだ」という昭和的な指導者と変わりがありません。場合によっては、それを体罰で教え込むことになる。そういう指導者であれば、何かあったときに周りは助けてくれないでしょう。

チームの強さの象徴となる12月28日の記録会


青学大では、行動指針のひとつにこんな言葉を掲げています。

「感動を人からもらうのではなく 感動を与えることの出来る人間になろう」

その根底には、陸上部を通じて社会に有益な人間を育てたいという私の思いがあります。
箱根駅伝で優勝し、学生が笑顔でゴールするのも、もちろん感動を与えるでしょうけど、もっと日常の小さなことでも感動は与えられます。

たとえば、うちでは寮の掃除は1年生から4年生まで輪番でやりますが、この選手が掃除するといつもピカピカになる。しかも、その選手は4年間きちっと、掃除をやり通してくれたと。それはそれで感動するじゃないですか。

あるいは競技でも、青学では12月28日に、箱根駅伝の選考から漏れた選手を対象に学内記録会をやります。
12月10日の発表で16名のエントリーメンバーから落選した学生が、その年の締めくくりとして10000mを走るのです。

ここ数年、そのレースで必ず上位にくるのが4年生なんですね。10000mというのはごまかしがきかない距離で、選考に漏れてからの約3週間、きちんとトレーニングをしていないとよいパフォーマンスは出せません。つまり、モチベーションを切らさずに練習をしないと、いい記録も出てこないのです。

もし勝利至上主義の考え方だったら、自分が選考に漏れた時点で練習に本腰なんて入らないでしょう。逆に、後輩の足を引っ張ってやろうとか、そう考える上級生がいたとしても不思議ではありません。でも、うちの部ではそういうことがなくて、選ばれなかったメンバーが、最後まできちんと練習をするのです。

なぜかと訊ねると、学生たちは皆こう言います。

「ここで頑張らないと、自分がやってきた4年間を否定することになる」

つまり、すぐれた人間性を追い求めているからこそ、手を抜くことをしないのです。そう言って実際に、28日の記録会で自己ベストを出す学生もいるんですね。

そうした姿を見れば、選ばれた学生も自信を持てるし、なにより刺激を受けます。沿道からの声援もない、テレビカメラもない、もしかすると希望もないかもしれないけれど、箱根駅伝に出られなかった4年生がそうして戦う姿勢を見せてくれる。彼らのためにも頑張ろうと、チームに一体感が生まれます。

他の大学では、12月10日の選考が終わった時点で、落選した学生を実家に帰らせるところもあるようです。風邪やインフルエンザが怖い季節ですから、気を抜いた学生がかかり、そこから感染が広がってしまうかもしれない、というリスクを考えてのことでしょう。

けれども、それは「お前たちは、もう目障りだ」と言っているようなものではないですか。1月4日になってからまた学生たちを呼び戻して、それでチームとしてのまとまりが出てくるでしょうか。

青学大は全員で戦う。そういうチームスピリットを代々の先輩たちが継承してきてくれたからこそ、いまのやり方が続いているんですね。ただ走ればいい、結果を追い求めればいいというのではなく、仲間を思いやる気持ちだったり、最後まで努力する姿、そういったことを磨いたからこそ本番でも結果がついてくる
他の大学とは、そもそも発想が異なっているように思います。

駅伝が長距離強化に最適となった“天の配剤”


話を駅伝に戻しましょう。
この本では、駅伝は国民に愛されており、だからこそ長距離選手のモチベーションになっていること。もし駅伝がなくなってしまったら、陸上長距離種目は目も当てられない状況になり得るであろうことを説明しています。

ただしそれだけでなく、駅伝というレース自体が、長距離強化の観点から非常に有効であるということも言えるのです。
大学生には毎年、いわゆる「3大駅伝」と呼ばれる目標の大会があります。
10月の出雲駅伝、11月の全日本大学駅伝、そして翌年1月に開催される箱根駅伝のことです。

この3大駅伝の特徴は、それぞれに競う距離が異なり、出雲、全日本、箱根とひと区間の平均距離がだんだんと延びていくこと。長距離の強化という意味では、この流れが非常に大事なんです。

ですから、箱根駅伝だけを見るというのはもったいない。ぜひ出雲駅伝から見ていただけると、詳しくないファンの方ももっと駅伝を楽しむことができるでしょう。

どういうことか、説明していきましょう。
多くの大学は、秋の駅伝シーズンに向けて、しっかりとした土台をつくるために夏合宿を行います。7月半ばから9月初めまで、涼しい高原でみっちりと走り込む。

そして、今度はスピード強化に再び取り組むというタイミングで、区間ごとの距離が短い出雲駅伝が開催されます。駅伝の緒戦となる大会で、およそひと区間の距離が5㎞から10㎞ですから、そこでは5000mが得意なスピード豊かな選手が活躍できるはずです。

続く11月には、三重県の伊勢路いせじを舞台に全日本大学駅伝が開催されます。こちらは、ひと区間の距離がだいたい10㎞以上となりますので、今度は10000mが得意な選手がエントリーをしてきます。

そして、最終決戦の箱根駅伝は、ひと区間の距離が20㎞以上となり、ハーフマラソンをしっかり走れる選手の活躍が見込まれます。
つまり、ちょうど1カ月くらいのスパンで距離が延びていくので、それに応じて長い距離のスタミナをつけていける。3つの駅伝にすべて出場する主力選手にとっては、まさに理想的な練習の流れが駅伝を軸に組めるのです。

この間隔で、この距離になったのは、さすがに偶然だと思いますが、長距離の強化にとっては、まさに“天の配剤”のようだと思うのです。
さらにいまは、学生最後のチャレンジとして、2月のマラソンまでが練習計画に入ってきます。青学大もそうですが、最近はこの2月、3月に行われるマラソン大会まで視野に入れて、トレーニングに取り組んでいる大学が増えてきているのです。

箱根はハーフマラソンほどの距離ですが、コースはアップダウンが多いですし、実際には30㎞走くらいの負荷がかかっています。準マラソントレーニングをやっているようなものなので、コンディションさえ整えられれば、いまの学生たちは十分に2月、3月のマラソンにも対応できるんですね。このように、駅伝がマラソンの足かせになっているどころか、むしろきわめて効果的なマラソン強化策になっているわけです。


\ 2023年11月1日刊行 /
『最前線からの箱根駅伝論』


PROFILE

原晋(はら・すすむ)
1967年、広島県三原市生まれ。青山学院大学陸上競技部長距離ブロック監督、同地球社会共生学部教授、一般社団法人アスリートキャリアセンター会長。広島県立世羅高校で全国高校駅伝準優勝。中京大学卒業後、中国電力陸上競技部1期生として入部するも、故障に悩み5年で引退。同社でサラリーマンとして再スタートし、新商品を全社で最も売り上げ、「伝説の営業マン」と呼ばれる。2004年から現職に就任。09年、33年ぶりに箱根駅伝出場を果たし、15年に同校を箱根駅伝初優勝に導くと、17年、大学駅伝3冠を達成。翌18年に箱根駅伝4連覇、20年には大会新記録で王座奪還し、22年にはさらに大会記録を更新し箱根駅伝6度目の総合優勝を果たす。監督業のかたわら、地方活性化、部活指導、さらにはフジテレビ系「Live News イット!」、TBS系「ひるおび」、読売テレビ系「情報ライブ ミヤネ屋」等に出演するなど幅広く活躍中。
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