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「アインシュタインの夢」批評 〜戦争を止めるための繋がれない繋がり〜

 この作品は共時性と共時不可能性という普通両立しないもの同士を舞台という特殊な空間において、それらを拮抗させつつ共存させた。そしてその拮抗の末に、「愛」が時間という概念がなくなってもなお私達をつなぐ、というメッセージが浮かび上がる。
 共時性とは、私達が「いまここ」を共有している感覚のことだが、静岡芸術劇場のライブ性を喚起する密度のある構造が、この劇の激しい身体表現と相性がとても良く、強く「いまここ」を共有している感覚になった。フィジカルシアターによる、エンターテイメント的な共時性も強調されているが、劇の内容については明らかに共時的なことの不可能性を描いていた。「私たちは同じ時間を生きることはできない。だが、私たちはこんなにも同じ時間を感じている。どうしたらいいだろう?」と問うていく劇だったのだ。それはいくつかの特徴から読み解くことができる。
 舞台上で様々な言語(世界の複数性を意識させる)を使うこと、また中国語以外の言葉には字幕がつかなかったことで観客はその言葉を想像するしかなくなっていたことや、モチーフにアインシュタインを扱い、彼の記憶の断片をカフカの小説やいくつかのエピソードをコラージュし、アインシュタインが相対性理論を、彼の時間の流れに逆らう愛を叶えるための、もう今は会えない人への「手紙」だった、という解釈を与えていたことで私達がもう、一つの世界像や、共通の時間を体験できないことを表している。(一方このエピソードは同じ時間に生きることのできない人たちが共時性ではないやり方で出会える可能性を「相対性理論=手紙」として私達にも宛てられていることを示している)
 また、実際の俳優の旅の荷物を最後に提示することで示していること、つまり日本に旅に来た中国の俳優たち(観客にとってわかりえない、共時不可能に思われる人々)がどのような時間を生きているのか想像させる表現は特筆すべきだ。それらを通して訴えかけてくるのは、他者の生命、生活、声、を想像することの重要性だった。それは、共時性と共時不可能性の矛盾に対する問いに答える行為でもあった。つまり、不可能に思える共時性をもたらすもの、私たちが同じ時と空間を共有できる根拠は、「愛」(精神の交流)にあると。
 あらゆるものがデジタル時空間において流通し、遠くの国のことを一瞬で理解できた気になれる今、わざわざ中国から日本に来てこれだけ体を酷使する理由は、演劇という同時性と同時不可能性を両立させるものが「戦争」(それが顕在的なものであれ潜在的なものであれ)を止める可能性を信じているということなのではないか?まざまざと目の前に現れ、私たちは分かり合えないし分かり合える 分かち合えないし、わかちあえる。想像せよ、と。

 身体表現に関してはピナバウシュの影響を鑑みて、ピナとの比較で考えてみると、手放しに良かったと言えるものではない。身振りのキレはあるが、演技に対する意識の繊細さがあまり感じられなかった。ピナ・バウシュにとっても動きはダイナミックさを観客にアピールするためだけにあるのではなく、動きの中で増幅されるものがダンサーの身体に満たされて、手の届かないところに手を伸ばすような感覚が重要になる。それがどうしても、今回の劇は「フィジカルシアター」という文脈を輸入しただけのように見えてしまった。俳優たちの身体の作動の仕方には深い裏付けや根拠になるものが感じられず、断絶されたようにも感じる。その後に私が観た、オリヴィエ・ピィ演出の「ハムレット(どうしても!)」との比較で考えるとわかりやすい。「ハムレット」の俳優たちの演技は、あらゆる西洋演劇の演出家の演技や上演に対するアイデアを縦横無尽に使い尽くしていた。スタニスラフスキー、ブレヒト、アルトーなど、これらの彼らの中に根拠として存在する過去の発見たちが今現在の彼らの演技をとてつもなく厚みのあるものにしていた。私はさっき記述したような演劇をする上での演技や上演の根拠となる発見を、演劇=Theatreではない演劇を蓄積してきたアジアの演劇の中から発掘し、それを改めて蓄積していくことで新たな演劇圏をつくることが重要だと思う。
 ただ、先に記述したラストシーンの旅行カバンを見せていくパフォーマンスには強い裏打ちがあり、そこに可能性を感じる。この表現を裏打ちするもの、それはふじのくにせかい演劇祭の理念だ。多様な世界があり、そこには多様な文化があり、多様な人々がいる。それを肉体を通した体験として知っていくこと。そして認めていくこと。その重要性をふじのくにせかい演劇祭は訴えている。それは鈴木忠志や宮城聡が演劇自体に込めてきた願いでもあるだろう。私はこの表現に、この演劇祭も望んだであろう、アジアだけではなく世界の演劇に通底しうる根拠を見出すことができた。それはこの演劇の大きな成果かもしれない。


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