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邦楽『aiko聴く女子、ミスチル聴く男子』

 タイトルに他意はない。両アーティスト共、僕はほぼリアタイ世代と言っていいはずだと思う。なにしろ日本のポップシーンが最期に熱かった頃、先述両名アーティストの黄金期を目の当たりにしていたから、当然、それぞれ生活の中にも浸透するようにして入り込んでいた。例えばaikoを聴いて、「女子」と「女性」の中間のような、固有の「女性観」を提示し続ける(今尚)彼女の世界観を意識的に取り込んで、"可愛くあろうとする"女の子たちは一定数いて、決して悪いことだとは思わない。
 aikoが狭いというわけではなくて、ミスチルはもう少し対象年齢や楽曲自体の世界観、性癖なんかが幅広いけど、男子も女子と同様に、ミスチルを聴きながら恋愛経験そのものを噛み締め育んでいく。
 そういうアーティストへのこちらの"感触"みたいなものは、ある程度誰しも持っていると思う。ただ僕は専門が音楽なので、そのポケットの数が多く、一つ一つも深くつくって構えてある。

 杏奈さんという女性がいて、彼女は元々よくaikoを聴いていて、要は「恋に恋する女の子」だったわけだけど、お付き合いする彼が変わると彼に合わせて趣味が自然と変わる彼女は、新しい彼とそのまま結婚してしまった。それでaikoも聴かないわけじゃないけど、夫の隣で聴くうちに、杏奈さんも素直に好きになっていく。土岐麻子とか、コトリンゴとか。夫はお洒落な黒縁眼鏡の柔和そうな男子で、ミスチルよりもっとほんとの「お兄さん」が聴くような、渋いものを聴いて育った。実際それはお兄さんの影響で、なんと今は職場も同じだ。羨ましい兄弟関係だと思う。
 たぶん杏奈さんの「女性観」とか「恋愛」みたいな札の付いたポケットに入っていたaikoの代わりに、今はもっと大人な女性の雰囲気漂う土岐麻子が入り、土岐麻子も「女の子」しているんだけど、aikoに比べるとやや余白があるので、そこへコトリンゴがすっぽりと納まったようである。

 こんな人たちのことを想像して、ミスチルは出てこないけど、他に名前を挙げたアーティストの楽曲が装置としてではなく役目を果たすような小説を書きました。
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