小さい頃電車に乗っていたら、目の前の人が

スケッチブックみたいなものにわたしと弟を

描いてくれたことがあった。

母も絵を若い頃描いていたので、その人が絵を

描く人だとすぐわかったみたいで、ごそごそと

外の風景を見たい弟に

「ちょっとの間だけじっとしていて」って

耳元に囁いた。

それに気づいたペンを走らせていた男の人は、

母の気遣いに気がついて軽く会釈をしたそうだ。

ぼんやりとしか覚えていないけど、北大阪急行に

弟とわたしがまだお揃いの服を着てその地下鉄に

乗っていた時のことをうっすら思いだす。

緑地公園駅あたりで降りたその人は、母に無言で

会釈して降りて行ったらしい。

その時どんな顔に描いてもらったのか、わからない

けど。

ちょっと見てみたかった気もする。

似顔絵はその後、付き合っていた彼が描いてくれた。

半分本気で、半分冗談で。

最初はミッフィーみたいに簡略化した顔を描いて

いたけど。

ちょっとだけ本気出して描きだしたその似顔絵は

ちょっとじぶんに似ていたような気もする。

ぼ～っとしている時のわたしの顔だった。

似顔絵といえばちょっとだけ苦い思い出がある。

高校の頃、美術の時間にそれぞれふたり一組に

なって似顔絵を描くという授業があった。

体育も抜群で美術も得意だったチッチはわたしと

組んでくれた。

最初チッチがわたしを描いてくれることになって、

わたしは彼女の前にすわってじっとしていた。

それでも、じっとしているのが手持ち無沙汰で、

ちょっとおかしくて、ふたりげらげら笑ったり

しながら、彼女は鉛筆を画用紙の上に走らせて

いた。

どんな顔したらいいかわからないってわたしが

言ったら、ぼんちゃんそのままでいいよって.

しばらくしたら、出来た！って言って彼女はその

似顔絵をこっちに見せてくれた。

その時、わたしはたぶん自意識もめちゃくちゃ

だったのかもしれない。

ここに描かれたのはわたしじゃないって思った。

それをのぞきに来ていた他の友達が、チッチうまい！

ぼんちゃんそっくり！　髪型もそうだし、ギッチョの

ところもそうだし、ほくろもちゃんとあるし、

笑ってない時の顔って、こんなんだよって。

みんなが口々に楽しそうに言った。

そこにいたのは、天パでギッチョのわたしがいた。

天パも左利きもわたしのコンプレックスだったし。

目じりにあるほくろもあまり好きじゃなかった。

わたしこんな顔していない。

そう思いたかったんだと思う。みんながよかったね

ぼんちゃんこんなにそっくりに描いてもらって

って言われた時、わたし学校で一度も泣いたこと

なかったのに、じわじわと涙が出てきて泣いた。

みんながどうしたの？　

いいじゃんこれ、そっくりだよって。

そう言えば言われるほど泣いた。

気がつくと、描いてくれたチッチも泣いていた。

ごめんね、どこを直そうかって泣きながら言って

くれて。

わたしは首を横に振って、直さなくていいよって。

彼女にしゃくりあげるように言ったらふたりで

泣き笑いした。

あの時、わたしはチッチを傷つけたんだと思う。

こんなのわたしじゃないって想っているわたしは

せっかく上手にわたしらしく描いてくれた彼女の

その鉛筆を動かしてくれたかけがえのない時間

までを奪った気がした。

わたしの天パは父譲りで、左利きはよくわからない。

小さい時先生がお箸を持つ方の手を挙げてって言った

から、わたしは左を上げた。

ひとりだけ左を上げて笑われた。

お箸は右でしょって言われて、混乱した。

わたしは左ですって言えなかったけど、みんなは

不思議そうにわたしを見ていた。

天パは、学校で禁止のパーマをかけているって

思われて校則違反していると疑われるのが嫌だった。

持って生まれたわたしじしんを否定された気がして

傷ついた。

そんな想いはチッチにはなんの関係もない話なのに

まぎれもないほんとうのことを描いてくれたチッチを

傷つけてしまった。

その日何度かわたしが謝ると、その顔を見てチッチが

いいよ謝らないでってふたりでまた泣き笑いした。

その後チッチが言ってくれた。

ぼんちゃんも泣くんだってびっくりしたんだけど、

あの時ぼんちゃんが泣いたことで、

わたし、ぼんちゃんを近くに感じたんだよって。

それから彼女とは、突然親友のような感じになって。

卒業してからもわたしが引っ越してしまうまで、

しばらくは彼女が結婚した後も家族ともども仲良く

していた。

彼女はお母さんになったけど、時々お嬢さんの

似顔絵を描いていたのかもしれないなって

絵を描ける人に憧れているわたしはそんなことを

ぼんやりと思ったりしていた。

かたくなに　むすんでみてる　左手の地図
ちいさくて　やわらかな霧　かくしてみても