見出し画像

ジャパニーズガールフレンドと交際するスリランカ人と、独り身の僕

商売というのは「一工夫」がいかにも大事なものであるというのは古今東西共通することみたいで、ここスリランカでも工夫された口説き文句を数多に体感してきた。

安さを売りに出す人、執拗なまでに質をアピールする人、日本について知っていることをベラベラと話し始める人(大抵の場合トウキョウ!オオサカ!アリガトウゴザイマス!と言っている)……

が、それとは一線を画すような忘れられないキャッチの一言があった。

キャンディの街に夜が訪れた。スーパーで紅茶やらお菓子やらのお土産を買った後、ホテルまでの帰りの道中である。

めっちゃ「映え」なクイーンズ ホテル (Queen's Hotel)。別に泊まった訳ではない。

20代半ばくらいでスリランカ人にしては珍しい身長180センチに近い大柄、髪をサーファーのように伸ばしている男に声をかけられた。

「ニーハオ」
いかにも人好きで、愛想のいい青年だった。アイアムジャパニーズと訂正してもいいのだが、中国人や韓国人と間違われることに慣れてくると、無視あるいは「こんにちは」と強めに訂正することが増えてくる。

彼の場合はビジネス目的というより興味本位で声をかけてきたような気がしたので、今回は後者の戦法を選択した。

「こ・ん・に・ち・は!!」
一文字ずつ、強めに且つゆっくりと丁寧に(一方で気性は荒目に)訂正を行った。日は沈んでしまったが、キャンディで最も栄えている道だったから、周囲は暗くない。といってもこの時間なら「こんばんは」が正解であろう。

一方で「こんにちは」を知っていても「こんばんは」を知らない外人は少なくないことが容易に想像できる。

「オー、ユアージャパニーズ」
「イエス」
やはり「こわばんは」と言っていたらこのような会話はできなかったはずである。我ながら良き戦略であったのではないかと思った。

「マイガールフレンドイズジャパニーズ」
彼は大きめの声量で切り出してきた。胸を張ってどこか誇らしげな表情をしている。

「ジャパニーズガールフレンド!?」
「イエア」
驚きで僕はおうむ返しをした。彼はドヤ顔をしてつぶやくように一言を発した。

果たして本当なのだろうか。僕は彼にビジネスの香りがないと思って会話をしていたが、この一言のせいで急に商売気を感じた。親近感を僕に抱かせるための虚言である、と。僕は彼に日本人の恋人がいることに対して半信半疑になった。

否。日本人なのに日本人の恋人がいない僕からすれば、なぜ異国の地で生きる——それも僕とは然程年齢の変わらない若い彼に日本人の恋人がいるのか……現実として受け止めたくなかったというのが適切な表現なのだろうか。まあ一言でいえば嫉妬ですな。僕は彼が嘘をついているという前提で会話を進めることにした。

「まじで?恋人ジャパニーズガールフレンドはどこに住んでるの?」
ここで東京や大阪と答えれば、いくら人口が多いとはいえ適当に答えている説が濃厚になる。なぜならスリランカ人の何人かと話してきたが、彼らが知っている日本の都市は大抵の場合、東京か大阪だ。日本にはトウキョウとオオサカという街しか存在しないと思っているのではないかとすら思う。神奈川県なんて通じるはずがないし、京都を知らない人間も実に多い。

「あー彼女はねナゴヤ!」
名古屋……スリランカ人にとって名古屋は有名な都市なのだろうか。いや、これはガチでコイツに名古屋在住の彼女がいるのかもしれない。しかしにわかには信じたくはない。やはり彼が適当に「ナゴヤ」と答えているということで話を進めようではないか。

「え、じゃあ中日ドラゴンズファンなの?」
これで中日を「チュニドラ」とか「タッツ(立浪)が…」とか「令和の米騒動Rice riots in Reiwaが云々…」と話し始めれば、彼に名古屋在住の恋人がいることを認めてあげよう。日本人の僕からの公認だ。堂々と交際宣言をすればいい。

しかし彼の表情は固まって、ドラゴンズってなんやねん???とあからさまに困惑している様子である。

「あーナゴヤで有名な野球チームのこと」
「へーそうなんだ」
全く興味がなさそうな返答を英語で返された。もし彼の恋人が本当に名古屋在住であればドラゴンズの話くらいしているはずだ。やはり彼が呟いた言葉は戯言であろうか。

「ちなみに彼女の名前は何ていうのよ?」
作り話であれば、キムなんちゃらとかワンなんちゃら、リなんちゃらみたいな日本人ではない東アジア人の名前で答えてしまう凡ミスをしでかすかもしれぬ。

僕が質問をすると、彼は嬉しそうに口を開いた。

「サキだよ」
めちゃくちゃ和風やないかい。とはいえ、これも適当につくった名前であると信じたい。

「へー苗字は?」
「フジナミ」
フ・ジ・ナ・ミ!?!?
藤浪なんて苗字、元阪神で今はメジャーリーガーの藤浪晋太郎しか知らないし、これまで23年間の人生の間で藤浪という苗字の人間に出会ったことなどない。スリランカに来て、まさか藤浪という名前が現地在住の、それもスリランカ人から出てくるとは思いもしなかった。

全国で約5,000人ほど(なまえさあち調べ)しか存在しない超レア苗字を前に、信憑性が増してくる。

「彼女とは付き合ってどれくらいなの?」
「1年くらいかな」
男は右手で長い髪の毛をなびかせて即答した。はあ〜なんだかもう負けた気がした。彼には名古屋在住だけれどもドラゴンズファンではないフジナミサキという恋人がいるのだ。

「なあ、これから俺がやってる土産店スーベニアショップにこないか?Tシャツ、紅茶、スパイス、なんでもあるぞ」
彼は僕の右肩に手を置き、威勢の良い声で話した。

もうお土産は買ったので、ノーサンキュー。当然彼に着いていくつもりはない。第一、しつこい勧誘は苦手である。

が、いかんせん嬉しい。フジナミサキという人間は虚構にすぎない可能性が再浮上したからである。その名は実在するのかもしれないが、彼女の名前を勝手に引用してジャパニーズガールフレンドと豪語しているとも捉えられる。

「もう買ったから行かない」
僕は彼にきっちりと断りをいれた。

「ちょっとでいいんだ!」
「いやまじで行かないから、予定あるし」
「サキの写真見せるからさ!」
ええ、ちょっと行ってみたいかも。これでフジナミサキという人物がどのような人間なのか、そして写真撮影時の距離感でその真意を突き止めることができそうだ。

「僕は忙しい。さようなら」
しかし僕は気がつけば彼へ断りを入れてしまっていた。それはどうしてなのか。答えは単純明快で、自らの自尊心を傷つけたくなかったからであろう。

彼は何メートルか僕の後を着いてきて、英語で何かを言っていたが、僕は聞く耳を持たずに早足で歩いた。気がつけば後方に彼の姿はなくなっていた。

帰路、南国の島とはいえ、夜のキャンディレイクをつたってやってくる風がやけに冷たかった。仏歯寺の厳かな電球色の明かりが湖畔沿いの道に僕の影だけを映した。

一人というのは何をするにも自由である。そこに縛りもしがらみもない、故にすべてが自己責任である。僕は一人というこの状況が割に好きだ。一人が寂しいと思ったことは、一人カラオケでアナ雪の「扉開けて」を熱唱したときくらいである。

とはいうものの、僕はフジナミサキという彼のガールフレンドが虚構であること、あるいはめちゃめちゃオバハンであることを妄想しながら、一人帰路を歩んだ。

キャンディ・レイク

安宿に帰ってからはシャワーを浴びてダブルベットで大の字になって眠りについた。

「ドラゴンズが勝った今晩はちんちこちんのエビフリャーだがね!」と名古屋弁を駆使する中年女性がスリランカの青年に海老フライを食わせている姿を想像して。


【追記】
(実在するのであれば)フジナミサキさんに予め謝罪をしておきます。オバハンとか言ってすいませんでした。もし読んでくださったならInstagramのDM、お待ちしております。ま、いる訳ないか!!!

※ この記事はスリランカ旅行記の連載です。次回の旅行記もお楽しみに!是非これまでのストーリーも覗いてみてくださいね。




この記事が参加している募集

この街がすき

「押すなよ!理論」に則って、ここでは「サポートするな!」と記述します。履き違えないでくださいね!!!!