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残ってる。 【二次創作ショートショート、再掲・改題】

明け方の街を歩いている。

白いワンピースに、黒いオールスターの私。

知らない街。

夏ももう終わりだから、ノースリーブは少し肌寒い。

さっきまで、男の部屋にいた。
その部屋で、その人に抱かれていた。

きっと私は、冒険がしたかったんだと思う。


昨日の夜は、親友の明日香とバーで飲んでいた。

「華代のことふるなんて、アイツ信じらんない!マジぶっ殺す」
私は昨日、彼氏にフラれた。
一人でいると自分を傷つけてしまいそうで、すぐに明日香に電話を掛けた。
ワンコールで繋がり、とても心配してくれた。かかってくることを知っていたかのようだった。彼氏を紹介してくれたのも、明日香だった。
「わかってたんだけどね」
3年間付き合った内の、2年間は他の女性との同時進行だった。ずいぶん前から気づいてはいたけれど、最近まで、怖くて聞けなかった。

「前から知ってたんでしょ。なんで今さらそんなこと言うの?それでも良いって思ってたから言わなかったんじゃないの?」
良いわけないじゃん。
でも、私はそれを言えなかった。
「別れよう」
結局、私がフラれることになった。

お酒を飲んでいる間も、ほとんど明日香が代わりに怒ってくれていた。
私は明日香の話を聞きながら、うんうんと頷いて、それで少しずつ心を落ち着かせて行った。私の中に溜まった黒く淀んだものを、明日香が一度体内に吸収して、それから外に放出しているようだった。
「今度はちゃんとした男紹介するからね」
そう言って、明日香は帰って行った。
あまりお酒を飲めない私の分までソルティドッグを何杯も飲んでいたから、駅に向かう足取りはもうフラフラだった。

帰り道、さっきのバーに忘れ物をしたことに気が付いた。お気に入りの、ヴィヴィアン・ウエストウッドのロゴ入りハンカチ。急いで道を戻った。
バーの名前は“雅藍堂”だった。さっき来た時は気が付かなかった。

忘れ物をしたことをマスターに告げると、カウンターの中からハンカチを出してくれて、私が座っていた席に今いる男性が拾ってくれたのだと、教えてくれた。

その男性も1人だった。
「ハンカチ、ありがとうございました」と私が言うと、笑顔で、会釈だけ返された。
「座っても良いですか?」
私から声を掛けて、そのまま席に座った。彼の柔和な笑顔と、不安定に揺蕩う私の感情が、そうさせた。

ぽつぽつと会話をする中で、今日彼氏にフラれたのだと話すと、彼も最近フラれたばかりなのだと言った。それが本当かどうかなんて、どうでも良かった。

彼はイノウエと名乗った(下の名前は名乗らなかった)。25歳で、顔はイケメンのアルパカによく似ていた。顎に生やした髭は、綺麗に整えられていた。それは彼の顔の必需品のように見えた。仕事は何かのライターだと言ってたと思うが、詳しくは覚えていない。何を話したかも、ほとんど覚えていない。

お店が23時で閉店になり、そのままイノウエさんの家に行くことになった。タクシーで15分くらいの、知らない街。そもそも東京のことなんて、私はほとんど知らないのだ。

イノウエさんの家は、12階建てのマンションの、最上階の角部屋だった。
ベランダから外を見ると、少し離れたあたりに高速道路があった。立て続けに何台も走るトラックやダンプカーを見て、まるで恐竜が走っているようだと思った。その先に行儀よくずらりと並んだテールランプを見て、こっちは天の川のようだと思った。恐竜が生きていた頃から、天の川はあったのだろうか。

来る途中にコンビニで買ったチューハイと、冷蔵庫から出してきたウィスキーや炭酸水、グラスと氷をテーブルに並べて、各々飲みたい物を飲みたいだけ飲んだ。

好きな音楽や映画、好きな作家や俳優。それ以外にもいろいろな話をした。
イノウエさんはSF映画とUKロックが好きで、私はラブストーリーとJ-POPが好き。イノウエさんはお寺巡りが好きで、私はカフェ巡りが好き。
私が甘い物が好きだと言うと、イノウエさんは全くダメだと言う。わざとじゃないかと思うほど、好きな物は一つも合わなかった。

だけどお互いに、ずっと笑っていた。
お酒のせいかも知れないし、そうじゃないかも知れない。

時間が過ぎるのはあっという間だった。

イノウエさんの部屋に染みついたタバコの香りが、元カレが吸っていたのと同じだったせいか、とても落ち着いた。罪悪感は無かった。

時間と共に距離が縮まり、やがて一つになった。

行為を終えると、私はそのまま眠ってしまった。
午前4時頃、私が目を覚ますと、イノウエさんはデスクに座り、PCに何かを打ち込んでいた。仕事をしているようだった。
「大学があるので始発で帰ります」
私がそう言うと、イノウエさんは柔和な笑顔で会釈をした。その顔は、やっぱりイケメンのアルパカだった。

まだ薄暗い帰り道。
腕に当たる風の冷たさに、昨日の夜のうちに、季節が変わったのだと感じた。

首筋に、体の中に、まだイノウエさんの感触が残っている。服についたタバコの香りも。
帰るのは私の方なのに、イノウエさんが消えてしまうようで、淋しい。

一晩で更新されてしまった私の感情を、朝帰りをする私のことを、駅の建物の向こうに昇り始めた朝陽に、何故だか責められているような気がした。

end.

吉澤嘉代子さんの『残ってる』が好き過ぎて、ずいぶん前に書いたお話です。
私の作品どうこうより、吉澤さんがもっと聴かれると良いなと思ってます。


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