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Hermit Crab (ヤドカリ)

「中身はアザラシなんですよって」とヤドさんは言った。

「なるほど、ということは、ヤドさんのいつもの絵文字の中の白い生き物は甲殻類じゃないんですね。」と僕は言った。

「はい、違いますよって」

ヤドさんの声はとても立っている。一つ一つの言葉が聞きやすく、聞いているととても落ち着くのだ。

それでも、向かい合わせで、ヤドさんと座っていると、少しむず痒い感じがする。

「ヤドさんはお仕事何しているんでしたっけ?」と僕は聞いた。

「えーとね、まぁマッサージのお仕事ですね。」

「日常的にスナイパーライフルは使いますか?」と僕は重ねて質問した。というのは、ヤドさんの首筋に、どう考えても、銃を構え慣れているような跡があったからだ。

「そんなわけないでしょって」とヤドさんは僕の質問について、きっぱりと否定した。

僕は地元の、サバイバルゲームのクラブに去年3か月間だけ在籍していた。月2回から3回のペースで開催されていたサバゲーに、足繫く通っていた頃があったのだ。そのクラブには、100キロ以上離れた所から来る常連会員もいた。

その頃は腕を上げるよりも、物欲に駆られてサバゲークラブに行っていた。とにかく形から入るタイプだった僕は、迷彩服の米軍払い下げ品をネットで格安で手に入れ、(2着8000円の優れものだった。) 曇りにくいゴーグルは、13000円もしたが、 人から借りるのも悪いし、自分ですべて揃えた。それで、銃が欲しいと思っていた頃、事故が起きた。

「サバゲーでトラブルが起きる事もありますよね」と僕は言った。

「サバゲーの話ですかって?」ヤドさんは急な話題の転換に驚いたようだった。

「休憩中、銃のメンテナンスをしてる人を誤って撃ってしまったことがあって、ゴーグルを外している 顔に直撃する怪我を負わせたことがあったんですよ。幸い、目には当たらなかったんですが、口論になったんですよ」と僕は状況を説明してみた。

「それは、カナシスですねって」とヤドさんは言って、テーブルに活けてある花を指さした。

ヤドさんには言わなかったが、ゲーム中、相手の首に数発直撃して、血豆が出来る怪我を負わせてしまったこともあった。

僕が自陣で木陰に腹ばいで隠れていた時、敵が自陣を突破しブザーを鳴らそうとした、そこを狙い撃ちしたのだが、外れて、相手の首に命中してしまったのだ。

「よくあることさ」と、謝る私に相手は笑ってくれたが、やはり、気持ちの良いものではなかった。

最後の問題は、チーム限定掲示板で、メンバー同士の口論になり、チャットが炎上した。掲示板内では、「お前はどっちに付くんだ」と半分恫喝されたような感じになった。やはり、まともな人ばかりではない、と恐怖すら覚えた。

こんな不穏な状況で後日サバゲーで決着つけるという話に発展していった。 「こんなの果し合いじゃないか」と思った私は、こっそり消えたのだ。

やめた理由は、「事故、怪我、メンバーの安全意識が散漫だったこと」、「不慮とはいえ、怪我を負わせるのは、気持ちの良いものではないということ」、それから、「クラブの会員同士の関係が崩れてしまったこと」だった。

地元だったから、サバゲーをしているのが近所にバレて、何回か住んでいる地区から、停止命令が出た。つまり開催していたサバゲークラブも無許可でやっていたのだ。

「人を撃っても、勝っても、あんまり面白くないですよって」とヤドさんは言った。

サバゲーなんて僕には合わなかったのだ。

今はそう思う。

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