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ドライブ

今回は、週末の予定を考えていたときに思いついたフィクションです。

良ければ一読ください。
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「時間にすれば大したことはない」とカズは言った。
「どこまで行くの?」と美和は聞いた。

「アウトレットに行くだけだよ。
 ここから1時間かかるかな」

 カズと美和はアウトレットに向かっていた。
 美和が話しかけたのは高速道路に乗ったところだった。

「どこか森へ行きたい。
 遠足が良いな」と美和は言った。
「遠足?
 そんなの聞いていないよ。
 今日はアウトレットに行くんだろう?」

 カズは不安だった。
 また美和が行先を変更してほしいというのではないか、と思ったのだ。

「遠足って、これも遠足だろう?」
 美和が答えないので、カズは質問を変えた。
 カズはアウトレットに行くことも遠足に思えた。
 これだって遠出の内に入っている。

「森へ行きたいの。
 遠足って知ってる?
 お弁当がいるわ。
 それとブルーシートも」

「でも、今日の行先は滋賀でいいんだろ?」
「そうね、今日は森へは行けないわ。
 気分じゃないもの。
 遠足は気分よ」と美和は言った。

 美和はドリンクホルダーからコーラを手に取った。

「このコーラもうぬるい...」
 いつも美和は何か不満を持っている。
 あらゆることに不満があって、それを言葉にすることを少しも悪いと思わない。
 もちろん、カズは美和の不満を聞く。
 聞くだけでなく、それを何とか解消しようとする。

「コーラは冷房で冷やそう。
 森へは来週でいいかな?」とカズは言った。
「このコーラはもう飲めないの。
 あなたが飲みたいならどうぞ。
 冷房のここをふさがないで」
「ここって?」
「吹き出し口よ」

「吹き出し口!?」

 カズは美和の言葉に驚いた。
 物の名前をよく知っていると思っていたが、ここまでだとは思っていなかった。
 誰がエアコンの冷気の吹き出る場所の名前なんて知っているんだ。

 美和は手でエアコンの吹き出し口の角度を調整した。

「つまり、今日は調子がわるいんだな」とカズは言った。
 別に決めつけるわけじゃなかったけど、美和の機嫌はそんなに良くなかった。

「あなたは運転に集中して。
 私は好きにするから」と美和は言った。
 微妙にかみ合わない会話だった。

 その後も美和の手は何度もエアコンの吹き出し口に触れた。
 角度を微調整しているのだ。

 彼女の手がエアコンの吹き出し口に触れる度にカズはその動作に緊張した。

 カズの言った通り、1時間したらアウトレットが見えてきた。

「予定通りだね」とカズは独りごとを言った。
「そうね...」と美和も独りごとを言った。

 彼らはお互いに30分以上話をしていなかった。
 いつもならカズがその空気にギブアップする。

「あなた、私と居て何が楽しいの?」と美和は言った。
「楽しいさ。
 君といると何だろう、変な気がするんだ。
 ずっとドライブできる気がする」とカズは言った。

 それは少しの嘘が混ざっていた。
 いつまでもドライブはできない。
 不機嫌な空気に時々耐えられなくなるから。

「森へ行こうか。
 これからアウトレットで30分くらいショッピングする。
 それから森へ行こう」

「見て、たくさん木があるわ」
 美和が指さす方には確かにたくさん木があった。

「森だね...」

「アウトレットの周りには山があって、川もある。
 私、知ってたわ」と美和は言った。

 彼女は何でも知っていた。
 それだけのこと。
 
 カズは知らなかった。

 このドライブが森へ向かわせていたことを。

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