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Mug Cups

僕とチエさんは陶芸教室に来ていた。

休日を合わせての陶芸教室、とても気分が良かった。

チエさんと遊ぶのは久しぶりだ。

「タロちゃんは陶芸やってたんだっけ?どこだっけ?」

「滋賀と奈良で陶芸をしてました。と言っても、作品の管理の仕事ですよ。僕の作品を作って売っていたわけではないです。」

チエさんは陶芸をしたことがないと言っていた。いや、どうだったな。近頃頭がフワフワとしている感じがあって、記憶が曖昧なのだ。

「タロちゃんは、最近どうなの?」チエさんはそう言うと、陶芸教室のスタッフが信楽の粘土をこねるのを眺めながら、僕の袖を引っ張った。

「最近って、つまり調子が良いかってことですかね…」と僕は答えた。

チエさんが僕の袖をつかんだ時、その手が少しだけ震えているように感じた。ただ、それは気のせいだったのかもしれない。僕がその「震え」のような微弱な電気信号を確かめる前に、チエさんのその手は、きれいな菊模様に練られている粘土を指さしていた。

「ね、タロちゃん、あんな模様に粘土こねれる?」チエさんは目をまん丸にしながら、僕のほうを向いた。

「できますよ。やってみましょうか。店員さん、菊練り僕にもやらせてもらっていいですか?」と、腕まくりしてみた。

僕はもう少し気分が良くなった。

「え、菊練りですか?も、もちろん」と、陶芸教室のスタッフは言った。

僕の菊練りを、チエさんとスタッフは黙って見ていた。

粘土に音が吸い込まれていくみたいに、周りが静かになっていく。

僕は何か言おうとした。言って、この張り詰めた空気をどうにかしたかったのだろう。あるいは、ただ場を和ませようとしたのかもしれない。

なんて言おうかな。

「Mug Cupをつくろー」と、チエさんが言った。

僕はあえてその言葉をスルーして、粘土こねる手に力を込めた。

粘土に刻まれる、菊模様の螺旋に、集中していた。

いや、というわけでも、実は、なかった。

チエさんの発する微弱な「電磁波」が、さっき僕の袖から入って、全身を駆け巡って、今、粘土に流れていたのが分かった。


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