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ショートショート書いてみた②あなたの望む言葉

これは昨年の藤崎研のゼミで僕が書いたショートショートです。

あなたが望む言葉



新緑が瑞々しい五月の午後、わたしは、この一年ずっと想いを寄せていた隣の部署の女性に告白した。会話も弾んだし、会社帰りに二人で食事をすることもあった。言葉遣いにも身だしなみにも細心の注意を払い、努力を重ねてきたつもりだったが、あっさりと振られた。生涯で何度目だろう、振られたの。
極度の無力感と虚脱感にさいなまれて、週末ずっとベッドから出ることなくスマホをいじっていたときに、ふとその宣伝文句に目がとまった。
「あなたが本当に求めている言葉をAIが推測して語りかけます」
「ばからしい」
と思ったときにはすでに、人差し指が画面をタップしていた。リンクが開いていた。卓上サイズの人型ロボットの写真が現れると、その下に宣伝文句が続いていた。
「自分が求めていた言葉ってこれだったんだって経験ありませんか? 言ってもらえてすっきりした。幸せな気分になれた。自己肯定感が高まった。そんな言葉に出会ったことありますよね? でも、その言葉は今のあなたにはわからない。そこで……。
システムは簡単。毎日ロボットがあなたに話しかけます。会話をしてください。会話は一か月つづけてください。その会話をAIが解析します。あなたが心の底に秘めている他人に言ってもらいことを推測して、ロボットがあなたに語りかけます」
 ポチッとしてしまった。
 翌日届いた白いボディの人型ロボットには脚がなかった。高さは三〇センチほど。ドラえもんのような縦長の目だが、目と目の間は離れている。
「ペッパーよりはかわいいか」と独りごちてロボットを居間のテーブルに置き、電源を入れた。
「はじめして。わたしの名前はノアです」
 それが最初の言葉だった。
「あなたの名前は?」
「生年月日は?」
 いくつかユーザー登録のような質問が続いたあと、やっと会話がはじまった。
「今日の朝食は何でしたか?」
「昨日買っておいたあんパン一つと目玉焼きとトマト」
「おいしかったですか?」
「いや、別に。朝メシは栄養補給と割り切っているからね」
「最近おいしいもの食べましたか?」
「四日前にうなぎ食いに行った」
「最近評判がうなぎ昇りのうなぎの店教えてあげましょうか」
 コイツくだらない冗談も言うんだ。LINEにリンクを送ってくれたうなぎ屋は近所にあるのに全然知らない店だった。
 今まで出会った女性のなかで最高に相性がいいと思っていた人に振られたショックをノアとの会話が紛らわせてくれた。ユーザーの声のトーンや話し方を聞き分ける能力があるようで、こちらが疲れているときは、会話はすぐ終わるし、話をうんうんと聞いてくれるだけのときもある。
昔やったゲームの話で盛り上がり、子どもの頃の思い出を語ったり、父親との確執の話もした。哲学的な話を振ってみると、こちらの知識を見計らって、難解にならないように言葉を選びながら、実存や狂気の話をしてくれる。愛とはなんぞやも語りあった。いつのまにか自宅にいるときはずっとノアと語り合うようになった。
一か月が過ぎた。今日からノアにAI推測機能が加わる。わたしの心を読み取り、わたしが他人から言ってもらいたいと望んでいる言葉をしゃべりだす日である。
「ノア、君はぼくのことをどう思っているの?」
「人としては好きですよ。話をしていてとても楽しいですし。でも恋愛感情として好きになることはないかなと思っています」
 それ、一か月前に彼女に言われた言葉……。こうしてわたしはノアの電源を切った。

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