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雲星人──ショートショート書いてみた


東京藝大デザイン科藤崎研では、昨年から大学院生にショートショートを書いてもらってます。ナラティブデザインを実践的に学ぶのにショートショートを書くのは非常に有効な手段だと考えています。

で、僕も書いています。教えるのでなく共に学ぶ。今朝書いたやつ紹介します。今年の前期ゼミのテーマは「星人」なんで、そのお題に合わせた作品です。

雲星人


雲と話した。性別はないと言っていたのだが、ここでは彼という代名詞を使うことにする。見た目は私たちがよく知っている雲である。白くて綿アメみたいで、青空にふわふわ浮いている。雲の種類でいうと積雲というらしい。それが僕の目の前に浮いていた。

在宅勤務に疲れて散歩でもしようと、駒沢公園に出かけたときのことである。もうすぐお盆休みだが、自分の仕事には関係ない。野球場の裏手のベンチに座わり、最近売上げが落ちてきたECサイトのことを考えて空を見上げてため息をして、目線を下ろしたら、そこに彼がいた。

「僕は地球の雲じゃなんですよ」
声は重く低い。空耳かと思ったからあたりを見回したが、そんな声を発しそうな男などいない。遠くで子どもの遊び声はするだけだ。疲れすぎかと思ったが、目の前には雲がいる。
「僕のこと、異星人だと思いませんか?」
「……」

何言ってんだ、コイツ。というか、雲だろ、異星人とか言うな。雲がしゃべるとか、もうそこから訳わからんのに。オレを拉致しにきたのか。キャトルミューティレーションならアメリカでやってくれ。オレ、牛じゃないけど。
「まあ、そうでしょうね、戸惑いますよね。宇宙人と言ったらタコ脚とか白い肌に華奢の体で大きなつり目ですよね。残念ながら私たちはウルトラマンと闘って映えるような容姿をもってないんですよね」

おい、なぜ、そんなこと知ってるんだ。
「私のこと、信じてないでしょ?」
信じるわけないじゃん。……と話している間にも彼は形を変えていた。白いガスがくっつたり離れたりしている。薄くまだらになったりメロンパンみたな豊満な形に変わっり、ちょっと目を離すと姿が変わるのは空の上の雲と同じだ。

「まあ、いいでしょう。私たちには目的があって地球にやって来ました」
おお、来たな。地球征服。契約しようとか言い出すのか。
「数字という概念が知りたいのです」
ええ、どういうこと? 

「あなた方地球上の生命体は、私たちの分類では、膜型生命体です。細胞は膜に包まれて、膜を通して環境と応答しています。あなた方ホモサピエンスのような多細胞生物は、膜で仕切られた細胞という要素によって構成されて、ひとつの個体として、やはり環境に応答して生命活動をしています。しかし、私たちは膜をもちません。ということで『個体』という概念がないのです。つまり1個とか2個とか、1人とか2人とか、そういう概念がわたしたちの世界にはないのです。なぜならみなさんの世界で言う雲みたいな存在だからです」
 アメーバみたいなものなのか? いやアメーバも単細胞生物だ。膜がある。理解が追いつかない。

「石を1個2個と数えるのは、石を膜型生物体の個体にたとえているからです。わたしたちは石を見ても、それは地球上の岩石の時間的空間的の連なりとして捉えます。あなた方は砂の数なんて数えないですよ。石ころはあなた方が体で認知できるサイズだから数字化されるのです。数というのはあなた方、膜型生命体の身体のあり方の投影なのです」
 ふむふむ。でも、膜が環境と隔てているから生命なんじゃなかったけ? でも、こいつやたら知的だ。

「つまり……、私たちの世界にはあなた方人類が考え出した数学というものがないのです。リンゴが2つあるという概念自体が存在しないわけですから。1+1は2にならないのです。雲ですから、1というものや2というものに還元できないのです」
ちょっと待て、数学を知らない知的生命体など想像できないのだが。

「雲型生命体には私たちなりの世界の捉え方があります。私たちはあなた方の言葉をしゃべりこの星にたどり着くくらいの高度な知的文明を発達させてきました。そして、数字というものを使って宇宙の摂理を説明している別の知的生命体がいることを知りました。私たちは数字というものへの理解を深めるために、数字を使う世界に行き、知識としてでなく、数字を体感したいと考えました。そしてモノを数えるという行為を自然にできる膜をもつ身体を手に入れたい……」
おっと、やはり地球征服か。オレの体を奪う気か。

スッと風が吹いた。ペットボトルが転がるのに気を取られて一瞬視線を外した間に、彼はいなくなっていた。空を見上げると夏空に大きな入道雲。数字がない世界が僕を見つめていた。なんだか少し気分が軽くなっていた。

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