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じゃない方の東京

ある日突然、自分は大人になってしまったなと感じることがある。

やりたくないのに、自己紹介を肩書きで言い出してみたり、好きなものを喋っているつもりが、いつの間にか交友関係の話題にすり替わっていたり。

ここ2年くらい、在宅勤務で外に出ないことが多くなると、つい、人との触れ合いを閉じられた世界に向けてしまうことがある。

明日の話よりも、昨日の自分を誰かと共有したくてたまらなくなるのは、それは今の不安への裏返しのような気分になる。

街を歩くのが好きだ。たまに本であったり、どこかで見聞きするけれど、「いつもと違うことをしましょう」という文字を見てしまうと、その時点で、「もしかして今、自分は先に進めていないのではないか」って勝手に自尊心を下げられる。そしてまた、自分を全肯定してくれる世界に浸り始める。

この間、高円寺に行った。少しばかり用事があったからで、30分もあれば用事は終わるので、さらっと終わらせて、新宿に戻り映画でも見て帰ろうと思って出かけてみた。

駅に降りると、そこは大学時代に住んでいて、たくさん友達と話をして、好きな人と過ごして、レコード屋さんに入り浸っていた街とは少しばかり空気が違っていて、改札口も、通っている電車も、ロータリーも駅前の焼き鳥屋もそのままのはずなのに、少し早めに着いてしまった自分は、この街の喫茶店で時間を潰すことを躊躇した。

知らない街を歩くのが好きだ。勝手にサイコロを振るように電車に乗って、気が向いた場所で降りてみる。

そこで目に入るのは多分一生見る機会も、見る必要もなかったはずの風景で、出会う必要もきっかけもなかった人と知り合うこともある。旅ってやつ。

知りすぎている街というのは、案外そうもいかないもので、あの場所、どうだったっけって感情も湧き上がらないまま、とにかく用事を済ませて、この場所を逃げ出したかった。

高円寺、1mmも悪くない。

変わったのは僕だ。古着も着なくなり、中古レコードよりも新譜を買い、少しばかりいいブランドの服が好きになり、山手線で行ける場所から出なくなり、学生時代には体験しなかったダイビングや、大ヒット映画という名の大作を見てみたり、温泉旅館に泊まる。そんな生活をしている。

そんな気持ちのせいなのかはわからないけれど、僕はとにかく安心した場所に戻りたくなった。

中央線に乗るのもなんかもったいなくて、総武線各駅停車で新宿に戻る。

結局、予定まで時間があったので、ディスクユニオンで中古レコードを見る。

駅から南口方面を出て、お店に向かう道は、高円寺での暮らしと同じくらい通い慣れた道だ。それ以上と言ってもいいくらい歩いている。

そこで、普段は入らなないショップに入ってみた。

欲しいレコードは特になかったけれど、適当に棚を見ているうちに、一枚の女性の顔が大写しになっているレコードに目が止まり、少しばなり高かったけれど、ただの直感で買った。

ついでに、店内で流れている音楽のメロディが素敵で、いつものように店員さんに「すいません。今、流れている音楽が欲しいです」と伝えた。もしかしたらとてもレアなレコードで、無理をせねば買うことができないかもしれないものかもしれないのに。

この日ばかりは、自分自身を更新したくって仕方がなかった。

必要以上に、知らないものを身体に入れたかった。

友達からはよく、「空いている隙間の時間を詰めるよね」って言われるけれど、それは空白への怖さの裏返しでもあり、とてもとても時間を潰すことが苦手な自分は、新しい情報を取り入れることにより、あてのない空白を埋めていく癖がある。

そのレコードは幸いにも新品で、ANDREW GABBARというミュージシャンの「HOMEMADE」というアルバムだった。

彼は、The Black Keysのツアーメンバーをしているミュージシャンで、60〜70年代のルーツロックを体現する人らしい。

僕は、衝動買いの中古レコードよりも、メロディアスな彼の音楽にその瞬間、恋に落ちた。

だって、メロディが素晴らしいから。



ミドルテンポでひねくれた音楽が好きだ。そんな自分の趣味全開のレコードはもしかしたら宝物になるのかもしれないと思って、店員さんに新品を取り戻してもらい、一緒に買った。

ディスクユニオンの向には、イタリアのコーヒーチェーンがある。

神保町では古い喫茶店に入るくせに、新宿ではここに学生時代からつい入ってしまう。

2階の窓辺のカウンター席から、道を歩く人たちを眺めながら、買ってきたレコードのジャケットを

眺めていると、知っている光景と知らない音楽が交錯する。

寄り道で暮らしを更新することはしていなかったけれど、音楽でライブラリを更新した。

安心と期待とこれからとこれまでが入り混じるって、なんだよって思う。

ありきたりの日常に感謝しますなんてそれっぽっちも思っていない自分がそこにはいて、なんとなく映画を見に行った。

帰り道、友達に電話した。「何してんの?」「レコード開けてる」そうか。彼も扉を開いたか。

すっかり不安は消えていて、さて、家ではどんな音を鳴らしてくれるのかなってなんとなく浮き足立って東京メトロは僕を吸い込んだ。

これからまた大人になるお付き合いするけど、東京またよろしくな。


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