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ヤナギさんを見送る。

「ヤナギさんの呼吸が止まっているようです。」
お義母さんからのメールに旦那さんが気づいたのは、夕方6時過ぎのことでした。

2人で旦那さんの実家に急ぎ、今にも動き出しそうなヤナギさんの身体に触れました。
手足はもちろんのこと、胸元もお顔も額も
一瞬びっくりして手を引いてしまうくらいに冷え切っており、
息を引き取っていることは明らかでした。

夕方4時半頃に夕食の支度をしていたお義母さんが見た時は、2度ほど大きな息をした後、トローンとした顔で少し首を動かしていたそうです。

もしかすると、その直後に呼吸が止まったかもしれません。

お義父さんがヤナギさんの敏感な耳に触れて、反応があることを度々確認していたようですが、夕方6時前に触れた時には反応がなく、額が冷たくなっている異変に気がついたとのことです。

旦那さんが泊まり込んだ翌日夕方に
ヤナギさんは静かに虹の橋を渡りました。


少し目を開いた状態で、
うっすらと微笑んでいるような表情に見え、
小さな口はキュッと結んで
耳はピーンと立ち上がっています。

眠る直前のようなヤナギさんのお顔が
可愛くて可愛くて、
もう起き上がることがないのはわかっていても、
旦那さんは何枚も写真に収めていました。

よく頑張ったね。ご苦労さん。
ありがとうね。
それから、ごめんね。

最後の10年は一緒に暮らすことができず、
ヤナギさんの住める環境を作るには間に合いませんでした。


しかし、悲しみにくれていてはいけません。
身体の機能が全て止まったヤナギさんの身体を
見送る支度に入らないと、時間は待ってくれないのです。

ヤナギさんの入りそうな箱と
ヤナギさんのお顔周りだけでも埋めてあげられるような花、
そして悲しいけれど保冷剤と消臭剤を買いに、
再びヤナギさんをお義母さんにお願いして、
旦那さんの実家から買い出しに出かけました。

時間的に普通のお店が閉店の時間ギリギリで、
思ったようなものは買えませんでしたが、
道中の会話で、ヤナギさんの火葬について
同じ考えであることがわかりました。

居住している市の斎場ではペットの火葬は行なっていないため隣の市にお願いして、
日時の指定が遅くなるようなら、
個別で家まで引き取りに来てくれるペット葬祭の専門業者に依頼しようという二段構え。

もう少しヤナギさんの可愛い姿をそばに置きたいけれど、これから気温が急激に高くなる予報だったので早く火葬してあげないとという焦りもありました。

ヤナギさんの元に帰ってくると、旦那さんはペット用のウェットシートで丁寧にヤナギさんの身体を拭いてやり、紙おむつも一旦外してあげました。
まぶたは何度か閉じさせようとしたのですが、
どうしてもほんの少し開いてしまいます。
無理に閉じさせるのもかわいそうで、もうそのままにしておきました。
愛用のベッドの上に保冷剤を敷き、その上にワイドサイズのペットシーツを敷き、またその上に折りたたんだバスタオルを敷き、ヤナギさんの身体を少し丸く横たえると、新しいハンドタオルを身体に掛けてあげました。

お花はもう売っていない時間だったため、明日用意することにしました。

なんだかちっちゃい気はしつつ、可愛い柄のA4サイズの蓋つきダンボールを百均で買って来たけれど、ヤナギさんが少し窮屈そうなので箱には入れませんでした。

枕元に、いつも使ってた食器にお水とカリカリを供え、早めの消臭芳香剤も置いて、ヤナギさんの部屋(もとは旦那さんが使っていた玄関脇の部屋)で、最後の一夜をお願いして帰りました。


看取りが短くてホッとしたような、しかし、突然であっけなさすぎて、この後の火葬もまだ決まっていないこともあり悲しみに浸ることもできず、現実を受け止めて見送る支度とお互いの仕事や予定をどう割いていくかで、頭の中がいっぱいでした。

「さすがに家族といっても、人間じゃないから夜勤代わってもらえないよね…。」
「明日は担当のイベントで午前中は抜けられないなぁ。」

それでも、二人とも午後ならなんとか都合がつけられる明日なのでした。

ペットの葬儀で有給休暇、タイミング次第では意外と必要なのかもしれません。
以前、急に具合が悪くなった時もそうだったけど、ある程度すぐに対応出来るっていうのは、動物と暮らす人間の必須条件だと思いました。


あまり眠れなかった翌朝、
保冷剤の交換にヤナギさんの元へ。
この日、最高気温が真夏日予報だったので、少し大きめの保冷剤を準備してました。

車を停めていると、お義父さんが
「ヤナちゃんは、本当に可愛いエエ顔をして寝とる。早う行って見てやって!」と
寂しげだけどもニコニコしていました。

ヤナギさんの枕元には、
お義母さんとお義父さんとお義兄さんで
お線香とお灯明(といってもアロマキャンドル)が置かれていました。

ちゃんとお通夜してくれてたのだと思うと、
急に涙がこみ上げてきました。

私は花を、旦那さんは最後にシャンプーしてあげられなかったから、せめてもと身体を清拭。
ヤナギさんを思う人間が、それぞれの送る気持ちを表しているようで、ヤナギさんの可愛い寝顔が、いっそう可愛い安らかな顔になっている気がしました。
お義父さんの言った通り、ちょっと微笑んでるみたい。


その場で隣の市役所に電話を入れ、担当の市民課で手続きの流れ教えてもらい、斎場の予約を済ませることができました。

箱に入れた方がいいですか?と訊ねると、普段使っていらしたベッドや段ボールでもいいですし、タオルとかで包まれることもあります。思うような形で結構ですとのことでした。

あと、収骨するかしないかを真っ先に聞かれました。
ヤナギさんのお骨は引き取らないことを前以て決めていたので、連れては帰りません、と返事すると、こちらの都合に合わせた時間を予約することができました。


その後、またもやヤナギさんに後ろ髪を引かれるようにして私は仕事に行き、夜勤入りだった旦那さんはお昼の腰痛検査まで仮眠をとることにして、斎場への到着時間から逆算して14時出発と決めた。


この日、お義父さんとお義母さんは通院日だったので、私たちがヤナギさんを迎えに来る前にはすでに出掛けてしまっていました。

お別れがつらくなってしまうから、病院から帰ったらヤナギさんが居ない状況にされたのかもしれません。

新品の少し大きめの段ボールを買ってきて組み立ててベッドごと入れようとしたのですが、またサイズ確認ミスってしまい、結局かわいそうだから箱には入れるのやめようよ。と泣いちゃったりなんかして、時間がギリギリでベッドのままにしようと、かなりバタバタして車に向かいながら、

「あの。お願いがあるんだけど。
ヤナギを斎場まで抱っこしてもらっていい?」
と旦那さんが落ち着いた低い声で聞いてきました。

私は少し間をおいて「いいよ。」と旦那さんの腕からヤナギさんをベッドごと預かりました。

実は、ヤナギさんと暮らし始めた直後に彼女ができていた旦那さん。
結婚はもちろん、私と出会うずっと前の話です。念のため。

彼女はまだ子猫だったヤナギさんにゾッコンで、とてもかいがいしくヤナギさんの世話をしてくれたそう。
ヤナギさんは飼い主である旦那さんと可愛がってくれた彼女のほうにも懐いていた。

ヤナギさんの記憶の中に彼女の温もりが残っていたとしたら。

こんな時に、そんなことがチラッとよぎってしまった。ヤナギさん、すまん!
最後に抱っこさせてもらうのは旦那さんの嫁ということで許してね。
旦那さんをヤナギさんから結果的に取り上げてしまったひとでごめんね。

ヤナギさんの猫生の多くを過ごした旦那さんの実家から、旦那さんと私に連れられてヤナギさんの亡骸が最後のドライブに出発した。


後部座席に座れば良かったとすぐに後悔した。
お天気が良すぎて、直射日光が私の膝の上のベッドで横たわるヤナギさんに照りつけている。

いくらマックスに冷房をガンガンに効かせた車内でも、コレはまずい。

旦那さんが運転しながら羽織っていたカーディガンを脱ぎ、私に渡す。
私は日除けのようにヤナギさんを陰で覆った。

まるで赤ちゃんを抱っこしてるみたいだ。
ヤナちゃん、眩しいね。ごめんね。
もう少しだけ我慢してね。
即席の日よけは、お父さん(旦那さん)の上着だからね。

クルマの振動が時々伝わって、
ヤナギさんがウンウンとうなづいて笑ってるようだ。


予約時間が迫っているのに、
この時間がもっと長く続けば良いと思った。


市役所の正面玄関前に停車して、
財布と認印を持って旦那さんが手続きに向かった。
私はエンジンをかけたままの涼しい車内で
ヤナギさんと待っている。
涙が溢れそうになる。

秤を持って職員さんがクルマまで来てくださるとわかっていたので、
出来るだけ気持ちを逸らそうとするけれど、
斎場に行ったら、もうヤナギさんとお別れなのだ。

しばらくして、旦那さんと二人の職員さんが
木の板と大きな秤を持って現れた。

重量によって火葬料金が変わるので、
出来るだけ…と言われたので、
ベッドと大きな保冷剤を残した
バスタオルから上だけを旦那さんに渡して、
板の上に乗せられて重量を計る。

4.8キロ。
5キロまでが一番小さな部類のペットの火葬料金なので、予定通り7,000円。
市内なら半額で3,500円だった。

領収証と火葬許可証と斎場への案内を貰い、
5分ほどの斎場へ再び向かう。

旦那さんはヤナギさんに言葉を掛けず、
斎場で職員さんにヤナギさんを預けたらそれでお別れだと私に言った。

ヤナギさんの身体にかけたタオルをお顔まで掛けているので、ピンと立った耳の後ろだけが見えていて、それさえも愛しい。
堪えていた涙が落ちる。

斎場の手前の信号がゆっくりと赤に変わって停まる。

「明日にしたら良かったね。」
「うーん、それも考えたけど、ヤナギは猫だからキレイ好きだし。」
「亡骸がキレイなうちに、、、バイバイ、、、しないとね。」

信号が青に変わって、左に曲がるとすぐに右が小さな入口だった。

玄関の前で職員さんが立って待ってくれていた。駐車を誘導してくれた後、名前を名乗ると建物の中へどうぞと言われ、私はヤナギさんをベッドごと赤ちゃんのように抱えて旦那さんの後ろをついて行く。

通された部屋はペット用告別室。
旦那さんが許可証を渡すと、職員さんは丁寧に
「猫ちゃんをそちらの台の上に置いてください。ベッドごとで大丈夫ですよ。」
と指示してくれたので、
大きな業務用の冷凍庫のような台の上に、おそるおそるヤナギさんを預け、保冷剤を抜き取った。

「そちらの線香に火を灯して、猫ちゃんのお顔を見て最後に話しかけてあげてください。」と職員さんは続けて、部屋からスッと出てしまった。

線香を半分に折って、線香立てに一本ずつ立てる。
旦那さんは、えっ?!そうなの?折るの?と小さくパニクる。
動物にお線香をあげるときは半分に折って使うと教わったことがあったので、短い線香からいく筋も細い煙があがった。

ヤナギさんの方に向き直して手を合わせたけれど、それが違和感でしかないくらい胸が苦しい。

タオルをめくって、ヤナギさんの額を優しく撫でて、二人で短い会話でバイバイをした。

堰を切ったように深呼吸した旦那さんが、扉の外にいる職員さんに
「それでは、よろしくお願いします。」と頭を下げた。
私もそれに従った。

職員さんは、まだ時間大丈夫ですよと言ってくださったけど、少し暗い部屋で横たわるヤナギさんを見るのも、あまり長くなると余計に置いて帰るのが忍び難くなることも辛かったので、もう大丈夫です。と何度も職員さんによろしくと頭を下げて、小さくヤナギさんに手を振って部屋を出た。

クルマに戻り助手席に腰掛けて、自分の膝を見た。
さっきまであった小さな重みが、ない。
サカナ模様のタオルを着て、ピンク色の芍薬とカーネーションと、白い野菊とかすみ草を背負った、眠るヤナギさんを置いて帰るのだ。

見送りが済んでホッとしたような気持ちと、もう会えない淋しさが、交互に心を揺らした。


帰り道は、2人でポツポツと穏やかに会話をするけれど、私は何度も自分の膝の上を見てしまう。

「結局、ヤナギさんと一緒に暮らせなかったね。」
「家、古くてもいいから、買おう。」
「まずは子どもらが自立してもらわないと。」
「次に一緒に暮らす猫が人生最後の猫になるかもね。」


私たち夫婦の結婚指輪の裏側には、
お互いの猫が彫ってある。

旦那さんの指輪には、石に関心もなく香箱座りで寝ているヤナギさん。
私の指輪には、石にじゃれて遊んでいるラテ。

猫と暮らせるために頑張る夫婦がいても、いいよね。

#猫 #お見送り #お別れ #エッセイ #日記

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