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空席に珈琲があったら

店をはじめてから、必ずしていることがあります。
15年間で、14回ありました。
それは、亡くなったお客様に珈琲を淹れることです。
訃報に接した日、その方を思い出して珈琲を淹れて、よく座られていた席に一日置いたままにしています。
訃報を知ることができた場合だけなのですが、それでも15年間で14回ありました。

お客様と喫茶店の店主という関係は、友人とは言えないし、もちろん親戚でも同僚でもありません。
苗字は知っていても、下のお名前を知らない方もいらっしゃいました。
不思議な距離感です。
それでも、店で言葉を交わした記憶は、そのままわたしの中に残っています。
どんなお仕事をされてどんな生活をされて、どんな人生を送られたとしても、お店で見せてくれた姿が、店主にとってはその人の全てです。
当店は、たとえわずかな時間であっても、誰かの人生のほんの一部に、こっそりと存在できれば幸せです。

だから、感謝を込めて、最後の珈琲を淹れることにしています。
そして、いつかわたしがあの世に行ったとき、「あの珈琲、美味しかったよ」と言ってもらえるのを、楽しみにしています。

わたしは犬好きですが、さすがに来店したワンコの訃報には特に何もしておりません。
ワンコたち、ごめんね。

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