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個人と国家の関係問う女子柔道の映画『TATAMI』

今年の東京国際映画祭は、イスラエル・パレスチナ紛争がガザ地区の状況を巡り国際的な大きな関心を集める中での開催となった。
出品作の中で、この問題に関わっているものをあげるとしたら、イラン人ザーラ・アミール氏が共同監督を務めるこの『タタミ』ということになるだろう。

舞台は、コーカサス地方の国ジョージアで開かれている女子柔道世界大会。イラン代表選手のレイラ・ホセイニは、コーチのマリヤム・ガンバリの適切な助言もあって順調に勝ち続ける。しかし、イスラム革命後のイラン体制が、「占領政権」「シオニスト政権」と非難し、国家としての存在を否定するイスラエルの選手との対戦可能性が浮上したことで、レイラに国家からの強烈な圧力がかかり始める。
イスラエル選手と対戦してはならい、という原則にのっとり、大会を棄権しろ、というものだ。
実際にイランのスポーツ選手が、同様の形で棄権を強いられた例がある。国家側からすれば、存在を認めていない国の選手と、自国の選手を戦わせることはできない、という論理だが、一般的にはよく理解しにくいし、ましてや選手自身にとってみれば、受け入れがたいことだろう。

イランとイスラエル、国家としては、直接戦火を交えてはいないとはいえ、イスラム革命後の40年あまりにわたり、軍事的緊張状態が続く。しかし一方で、国民レベルで相互に敵視しているかというと、必ずしもそんなことはない。革命前にはイラン国内には少ないながらもユダヤ人がおり、イスラエルにはイラン出身ユダヤ人もいる。人的な交流もある。
映画には、大会前から知り合いだったレイラとイスラエルの選手が親しく言葉を交わすシーンも織り込まれる。国際スポーツでは、そうした場面が普通にあると想像され、不自然な場面でもない。
グッドコンディションで大会に臨んだレイラは、イラン初の女子柔道世界一の栄冠を手にするチャンスが目前にある。そんな中での「戦わずに棄権せよ」との国家命令だ。
元女子柔道選手でコーチのマリヤムも、国家側からの指令の矢面に立つ。国家への忠誠とスポーツ精神のはざまで苦しむ重要な役柄を、共同監督のザーラ・アミールが好演している。
ちなみにザーラは、日本でも公開されたイランが舞台のホラーミステリー『聖地には蜘蛛が巣を張る』にも出演していて、カンヌ映画祭女優賞を受賞している女優だ。

国際女子柔道というスポーツを舞台に、国家と個人の関係、加えて、イランをこの一年大きくゆるがせた、女性の頭髪や体を覆うヒジャーブ着用をめぐる問題も扱った非常に重いテーマの作品だ。『聖地には蜘蛛が』に続き、欧米の国際映画祭では話題になっていくのかも知れない。一方で、イラン国外で活動する反政府の立場のザーラが描くイラン体制は、かなり辛辣ともいえる。いずれにしても論議を呼びそうな作品だ。

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