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「仏教ジャーナリスト」は存在するか?…アラブと日本の対話から

ずいぶんと前のことになるが、日本とアラブ圏の記者が東京で討論するのを聞きにいったことがあった。イベント名は、「日本・アラブ・イスラム・ジャーナリスト会議」。ここで提起された論点は、今でもまったく古びていないどころか、まさに今こそ、深く考えるべきことのように思える。以前にブログ上でまとめた内容を一部編集し、以下、紹介したい。少し長いのですが、おつきあいください。肩書はすべて、開催された2006年当時です。(カバー写真は、イスラム以前にチュニジアに栄えた都市国家・カルタゴの遺跡)

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日本外務省が主催した「日本・アラブ・イスラム・ジャーナリスト会議」(Japan-Arab Islamic Journalists Meeting)が開かれた。2005年に続く第二回で、日本とアラブの記者が、マスメディアの役割や相互理解の方策などについて討論するというものだ。
最初に苦言からだが、会場からの質問者も不快感をしめしていたが、なぜ、名称に「イスラム」という言葉を入れたのか、疑問だ。「アラブ=イスラムというステレオタイプを助長する」との会場からの質問は至極まっとうと思う。エジプトの人口の一割はキリスト教徒だし、レバノン、パレスチナをはじめ、他のアラブ諸国にも多くのクリスチャンその他の非イスラム教徒がいるのだから。

それは、ともかく、参加パネリストは、
◯エジプト カマル・ガバラ(エジプト紙アル・アハラム副編集長)
◯日本 池村俊郎(読売新聞調査研究本部主任研究員)
◯日本 出川展恒(NHK解説委員)
◯ヨルダン アビール・ダムラ(ヨルダン国営ペトラ通信国際部記者)
◯サウジアラビア ワリード・アル・ガムディ(汎アラブ紙アル・ハヤートのリヤド支局長)
の各氏で、
司会を高橋和夫氏(放送大学助教授・)が務めた。会場の東京・日比谷の日本プレスセンターには、確認した限り、エジプト、サウジアラビア、アルジェリア、ヨルダンの駐日大使をはじめ、在日アラブ人(イラン人も)ジャーナリストなどが詰め掛けた。

欧米の中東報道に疑義…エジプト紙記者

冒頭に発言したガバラ氏は、アラブ圏紙の過去の記事を紹介しながら、欧米の中東報道に対する疑義を示した。ムハンマド風刺画問題での西洋の報道ぶりは「(文明の)衝突を促しているとしか思えない」との見解を示した上で、欧米メディアは、「アラブとイスラムをひとまとめにすることで、対立を促しているとしか思えない」などと語った。一方で、河野衆院議長が外相時代に提唱した「イスラム世界との文明間対話」を「他の模範になるもの」と評価した。

続いて発言した池村氏は、マスメディアの海外特派員の役割は「誤解と偏見の警告」だとした上で、ハンチントンの「文明の衝突」論の二元論的な考え方は、「文化の多様性を否定することになり、(負の)影響は明白」だとした。

イスラム・テロリストのイメージが広がっている…ヨルダン人記者

アビール氏は「他の文化、宗教を相互に学ぶことが、互いに傷つけあうことを避けることができる」とした上で、「イスラムは、寛容な社会である。理解と協力に裏打ちされたもの」であり、「アラブとイスラムの二つを混同したり、アラブ・イスラム=テロリストというイメージが広がっている」ことに懸念を示した。

アビール氏はさらに「(欧米)メディアによってイスラム教徒=テロリストと決めつけられている。メディアで働く我々は、宗教とテロを結びつけてはならないし、テロと解放運動を区別しなければならない」と主張した。

ここでガバラ氏が、日本側参加者に「アラブに対する偏見があるのか」と質問した。

これに対し池村氏は「記者は、どうしても今起きていることを優先する。欧米の力を借りて報じることは避けられない。(アラブ側は)非アラビストも読める形でどんどん(情報を)発信してほしい」と語った。

なぜイスラム法学者はテロを非難しないのか…日本人記者

出川氏は「イスラム教徒には自明のことでも、日本人には理解が難しいことがある。なぜ、イスラムの名でテロが起きるのか?イスラム法学者がテロを非難しないのか?こうした点でロジックに大きなギャップがあり、理解が難しいが、これを埋めていく努力が(日本のメディア側にも)必要だ。イスラム世界も、なぜこうしたことが起きるのか、という点で、メッセージを発する必要がある」と述べた。

「イスラムの名のテロ」に関連して、ワリード氏は、「(「テロ」を行っているのは)イスラムを代表する人たちではない。過激派はイスラムを代表するものではない。イスラムの原則を読んで、判断してほしい」と訴えた。

「アラブ文化について書いてほしい」…エジプト人記者

日本のマスメディアに対し、ガバラ氏は、「イスラム教徒、アラブ人は、日本に対して良いイメージを持っている。同様に、良いイメージを日本人も持ってほしい」とした上で「小さな記事でいいから、アラブ文化について書いてほしい。否定的な側面に焦点を当てるということではなく、いろいろなことを書いてほしい」と述べた。

「アラブ人は日本に良いイメージを持っている」

さらにガバラ氏は、「私は(東京特派員だった時)日本について、良い面だけを書いた。対照的に、日本のメディアは、アラブの悪い面を書く。フェアな形で取材してほしい」と訴えた。

対して池村氏は「私も文化や社会・生活の記事を読みたい。それは可能だと思う」と述べた上で、ガバラ氏に対し「(日本のアラブ報道に否定的な側面が目立つとの)指摘は理解するが、例えば、ムハンマド風刺画問題が、なぜ、死者がでるような騒ぎに発展するのか?過激なイメージを与えてしまう」と質問した。

「アラブの肯定的イメージを作ってほしい」…エジプト人記者

これに対しガバラ氏は、「そもそも(風刺画が)公表されなければ何も起こらなかった。衝突を求めるがごとく、(風刺画)が掲載された。(表現の)自由の尊重はもちろんのことだが、それは、他の文化を尊重しる場合においてだ。それがフェアなことだ。自衛隊のイラク派遣について、それがイラクの人々のためではなく、日本が親米国だから、ということは分かっていたが記事に書かなかった。それと同じことをしてほしい。アラブの肯定的なイメージを作ってほしい」と述べた。

ムハンマド風刺画問題について出川氏は「預言者を画に描くのが、(イスラム世界では)罪であるということは理解している。こうした、イスラム教徒と非イスラム教徒の常識の違いを埋めていく必要がある」と指摘した。

「日本のマスコミの関心は大事件だけ」…ヨルダン人記者

日本の中東への関心について、アビール氏は、「日本のマスコミがやってくるのは、イラク戦争といった、大きなニュースがある時だけ。ふだん、アンマンにはいない。日常の中のニュースを積極的に探していない気がする」と指摘した。

ワリード氏は「文化・社会に関する情報提供について、双方が一層の努力をするべき」と語った。

日本のマスメディアに対し、ガバラ氏は、「イスラム教徒、アラブ人は、日本に対して良いイメージを持っている。同様に、良いイメージを日本人も持ってほしい」とした上で「小さな記事でいいから、アラブ文化について書いてほしい。否定的な側面に焦点を当てるということではなく、いろいろなことを書いてほしい」と述べた。

「同じ話の繰り返しだ」…某アラブ国家の駐日大使

会場から質問・意見が出た。

あるアラブの国の駐日大使からは「こうした会議は好きではない。同じ話の繰り返しだ。パレスチナ解放運動がテロではない、という弁解をいつもしなければならない。平和的な宗教なのに、なぜテロが?という問いは、逆の誘導尋問のような気がする。アル・ジャジーラを聞くと真実が分かる。客観的な情報が出ているから」と厳しい声があがった。

さらに、在日シリア人ジャーナリスト、ナジーブ・エルカシュ氏が、「こうしたイベントのタイトルに疑問を感じる。なぜ、福音派ジャーナリストとか、仏教ジャーナリストと言わないのにイスラム・ジャーナリストなのか?」と語った。さらに、(出川氏に対して)「アラブ世界が画一な世界と思っているから、そういう質問が出る。自己防衛的立場に追い込んだのはそちらのほうではないか?」と問いただした。

「テロという言葉はイスラムと関係ない」

さらに、数人が質問した。「日本人記者は、(イスラム世界などに関する)勉強が必要だ。テロという言葉、もともとイスラム教徒とは関係のない言葉だった」などの内容だった。

これに対し出川氏は「テロという言葉を使うときは、神経を使っている。例えば、市場、バスの中など、一般市民を殺傷するケースでは、テロと言わざるを得ない。占領地の軍に対する攻撃の場合は、(テロという言葉は)ふさわしくない」と見解を述べた。さらに、「ハマスの指導者、ザハル氏にインタビューしたことがあった。彼は、テロという言葉に強く反発した。対して、アル・カーイダ関係者にインタビューした時には、テロには、いいテロと悪いテロがある、という言い方をして、テロという表現自体は否定しなかった」

「ジャーナリストは、100%の公正・中立、客観性はありえない。それを意識した上で、偏見やステロタイプを排除していく意識が必要だ」などと語った。

「日本の大使館員はよく協力してくれた」…サウジ人記者

サウジアラビアのワリード記者は、「マスメディアの役割として、(任地国の)よい側面を代弁する、というものがある。ムハンマド風刺画問題が起きた時、在サウジアラビア日本大使館の文化担当アタッシェは、良く協力してくれた。『非難する』という反応をしてくれたからだ。ローカルな相互理解のよい例だろう」と述べた。

さらに、「一方で、米国の助教授がアラファト(前パレスチナ自治政府議長)はテロ組織の指導者という程度の認識しかなく、愕然としたことがある。米国議員(の認識)には、サウジの賞賛と、過激派の温床、との批判が並立している」との見解を示した。

この後、出川氏が、NHKのイラク報道の一例(宗派対立が反映されたイラクのテレビ局)を実際の番組を映して紹介。

「欧米メディアと同じ言葉で報道するのか?驚いた」

エジプト人記者ガバラ氏は、「(日本メディアは)欧米メディアと同じ言葉を使って報道するのか?驚いた。イラクでは4人(奥、井ノ上、橋田、小川、香田の5氏?)の日本人が殺されたが、(そうした報道を通じて)アラブが日本と衝突しようしているように見える。事実に焦点を当ててほしい。アラブ、イスラムにマイナスの記事を見た時、ショックを受ける。我々は日本にマイナスの影響を与えていないのに」と反応した。

これに対し出川氏は「我々は、西欧と同じ言語は使っていない。テロ、としか呼べない状況もある。米メディアと同じ伝え方をしている訳ではない」と反論。池村氏も「テロとしか呼べない状況がある」と語った。

ヨルダン人記者アビール氏は、「罪のない人を殺すのはテロ、という考えには同意する。だが、解放運動とテロの区別をすべき」と述べた。

出川氏「NHKは、(イラク)駐留米軍に対する攻撃に、テロという言葉は使っていない」と説明した。

「日本のドキュメンタリーは『貧しさ』が好き」…アル・ジャージラ記者

アル・ジャジーラ元東京支局長のムスタファ・レズラジ氏は、「日本人が作ったドキュメンタリー番組はおおむね3つに分類できる、という研究をした人がいる。『貧しさ』『好き』といったキーワードのものが多い。日本人はそうしたものを見て、ほっとするのだろうか。日本メディアは、中東の専門家をあまり使っていない。日本語が堪能なアラブ人の専門家がいる。そういう人をもっと活用してほしい」と要望した。

ヒシャーム・バドル駐日エジプト大使は、「偏見と誤解は違う。アラブメディアに(日本に対する)偏見はない。日本メディアには、ひょっとしたら、イスラムへの偏見が出てきた。一般のイスラム教徒の意見の存在(に留意してほしい)。イラク、パレスチナで起きていることを混同してはいけない」と述べた。

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