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飛行先としての「1920」

近代ベルギーを代表する作曲家ジョゼフ・ジョンゲンは1873年生まれ。
つまり生誕150周年?とはいえ、フルートとピアノだけで演奏時間が30分に迫る大作を聴くことの出来る機会が、たやすく生まれるわけではない。

ジョンゲンのフルートソナタは1924年、パリ音楽院のフルート科教授であるルネ・ルロワのために書かれたが、1925年2月の初演はラヴェルの独立音楽協会においてルイ・フルーリーの演奏で行われた。
同じコンサートではモーリス・ドラージュ作曲の「7つの俳諧」がジャーヌ・バトリの演奏によって初演されている。
翌月にはモーリス・ラヴェルの「子供と魔法」が初演され、ピエール・ブーレーズが誕生した。
5月にはフェルッチョ・ブゾーニの「ファウスト博士」初演、年末にはアルバン・ベルクの「ヴォツェック」が初演されたというのが1925年という年であった。

第一次大戦後、自動車やラジオが一般家庭にまで普及し、好景気に見舞われる一方で各国ごとの社会の形態の違いが明確になっていった時代。
かつて音楽を形作っていたヨーロッパの価値基準、特に音楽にとって一番大切な「時間」の感覚が失われていった。
いつ始まっても良く、いつ終わっても良い時間の中で音楽は「形式」となり、"ジャズ"そして"クラシック音楽"が誕生した。ソナタという古い「形式」が改めて強く意識されたのも、晩年のドビュッシーからこの時代にかけてのことであった。

時間を「絶対」の領域から解放したアインシュタインのノーベル賞受賞も、音楽が時間に内容を持たせることが「過去の事」であるとしたトーマス・マンの『魔の山』の完成も、「次元」をひとつ余計に持つことの苦悩を描いたヘルマン・ヘッセの『荒野の狼』と、存在そのものに対しての認識を「時間」の中であらためて問い直すという、ハイデガーの『存在と時間』が書かれたのもこの1920年代の事であった。

時間がただ「終わる」だけでなく「消える」ものでもあることを知ったこの時代に降り立つとき、そこに響く音楽を成立させているものが「時間」でないのであれば、一体何なのだろう?

あらゆる街角に固有の時間を見出すことの出来た時代、誰もが自分だけの時間を見出すことの出来たはずの時代に降り立って、モーリス・ラヴェルが座る椅子を斜め後ろに意識しながら、「1920」の3つのソナタを聴いてみようということなのである。

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2023年5月5日(金) 20:00開演
「1920」
フルート:瀬尾和紀
ピアノ:ローラン・ヴァグシャル

https://www.cafe-montage.com/prg/230505.html



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