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高級クラブより定食屋がいいって本当?

〈外車、ブランド、クラブ〉
それぞれの単語の前に〈高級〉付きの“成功者三点セット”

これらに惜しみなくお金を使うことは男の甲斐性である、という価値観は未だ存在するそうです。


そんな話をしてくれたのは私の知人の男性で、この人は銀座の名だたるクラブに、約2年間、足繁く通ったといいます。

「座るだけで数万円、しかも目的は“珍しいワインを飲むこと”だったから、支払いは毎回一人10万円を超えてたんじゃないかな」

そう聞いただけで悲鳴を上げたくなりますが、当の本人は白けた様子で、得意がったり、こちらの反応を楽しむようなところもありません。

それもそのはず、その人は好きでそんな“夜遊び”をしていたわけではないからです。
全てはお付き合いのためであり、当時の取引先企業の会長に気に入られ、半ば強引に“高級クラブで知らないワインを試す会”に招待されていたといいます。


とはいえ、上場企業の会長が通うようなお店です。
気が進まないにせよ、それはそれで貴重な経験には違いありません。

「どんななんですか、そういうお店って」

私の大雑把な質問に、その人は気のない顔で答えてくれます。

「別に、そんな大したものじゃなかったですよ。内装は立派だけど、だからって、ねえ。女の人も全然綺麗じゃないし」
「嘘!銀座の一流どころのホステスさんでしょう?綺麗に決まってる!」

失礼極まりない、私の嘘つき扱いも意に介さず、その人はなお言い切ります。

「綺麗な人なんて居ませんでした。少なくとも20人以上には会ったけど」
「一人も?全く?」
「誰も。全く」


もしかして、この人の美意識はどうかしているのではと思い、ではどんな人を美人と思うのかと尋ねてみると、少しして返ってきたのが「『パッチギ』の沢尻エリカさん」だったため、審美眼は確かです。

さすがに十代の頃の沢尻エリカさんのような、透明感あふれる美を求めるのは酷だとしても、銀座のホステスさんにただの一人も美人がいない、というのはいささか聞き捨てならない台詞に思えます。


けれどこれ以上の論争は無益ですし、ここはひとまず別の角度から尋ねます。

「でも、何でもよく勉強していて、どんな話もできるんですよね?」
「そんな人には会ったことありません」
「嘘だ。銀座の女の人は、頭が良くて、人の気をらさない話ができる人ばかりだ、って」

再びの嘘つき呼ばわりにも関わらず、やはりその人は首を横に振ります。

「誰と話してても面白くなかったです」
「どうして銀座のホステスさんにだけ、そんな辛口なんですか」
「だって、みんな薄っぺらい人ばっかりだったから。興味のあるもの、関心のあるものが全員同じ。何だと思います?“自分”と“お金”です。みんな、見事にそれが透けて見えてるんです」


それは、夜のお店なのだし、と思わず小声になる私に、その人は淡々と続けます。

「まだ若くて、自分を売り込むのに必死な新人さんならしょうがないけど、ママからしてそうなんだから。
一度、会長と一緒に、ママのマンションまで無理やり連行されたことがあるんですよ」
「それは、クラブ通いする男性にとって夢のシチュエーションなのでは。どうでした?」
「楽しかったですよ、あれこれご馳走にもなって。でももう一度どうかって聞かれたら、二度とごめんです」
「どうして?」
「こういう部屋に暮らしてて、こんなものを食べて、こんなことを喋って、っていうのが全く予想通りで。恐ろしいほど深みがなくて、やっぱり“お金と自分”でしたから」


この人はやや変わり者かもしれませんが、どんな女性でも腐すのでないのは確かです。

よく通っている“都心ではあり得ない価格のご飯屋さん”の、御年70歳の女将さんには心酔しているからです。
無愛想でお世辞を言わず、若くも綺麗でもないけれど、芯から素晴らしい人だ、と。

なせならお客のことだけを考え、美味しく身体に良いものを食べさせることに尽力しているからです。
その誇りと心持ち、出される料理に心を打たれるのだといいます。


「僕は、お金で割り切って遊ぶっていう考えが嫌なんです。もし、嘘でもお金は二の次だ、って言ってくれる女性がいたら、それこそ一人でも通ったと思う。
でも、残念ながらそんな出会いはなかったし、豪華な空間で高いお酒を飲んで、適当に笑って話を合わせてくれるだけの女の人に囲まれて。会長には申し訳ないけど退屈でした。
世の中、銀座通いは成功者の証らしいし、政治家や芸能人も見かけたけど、みんな本当に心の底から楽しんでるんでしょうかね」

おそらくその人は、特に羽振りのいいグループの一員だったため、お店や在籍する女性たちも、力が入り過ぎたのかもしれません。

けれど、そんな点や、この人がなかなかに手強いお客ということを割り引いても、ここにはいくつかの教訓があるように思えます。

作りごとは、見る人が見ると必ずばれる。
見かけのきらびやかさよりも内実。
綺麗事は人の心を打たない。
とても簡単、かつ難しい大前提ではありますが。

「けど、美人が一人もいないっていうのは」
「いないんですって。まだ言うか」

そこだけは納得できない気がするのもまた、問題かもしれません。



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