水上和子

*心理・催眠療法・カウセリング・交流分析* 1997年「YM心理センター」20年勤務。…

水上和子

*心理・催眠療法・カウセリング・交流分析* 1997年「YM心理センター」20年勤務。2006年「東京都阿佐ヶ谷区 ヒーリング・ルーム サンガ」を設立。2008年『スピリテュアル・ジャーニー この人生の意味を探して』、2011年 『聖地巡礼 大自然の叡智を求めて』出版。

最近の記事

モロッコ:旧市街 フェズ

今年の年一回の兄妹旅行は、モロッコだった。 モロッコ行きになったのは、親しい友人の2人がモロッコに行くというので、興味を持った。 モロッコといえば、映画の名作「カサブランカ」の舞台の町。 ガイドブックを見ると北アフリカでありながら、フランス領で異国情緒が溢れていた。 同じフランス領のベトナムとは、やはり全くその雰囲気は違っていた。 アジアとアフリカの文化の違いが、そこにはあった。 アフリカはまだ行っていなかったので、モロッコに行けば5大陸を制覇することになる。 いつもは個人旅

    • 南欧 ⑩マルセイユのホテルマンに気をつけろ!

      夜になり、皆が笑顔で戻ってきた。 自分達だけで行ったエクス・アン・プロバンスは良かったようだ。 ホテルからは地下鉄で行き、乗り換えての電車だったため緊張はしたようだ。 だが、こうして無事に戻って来れ、新たな経験もできて、皆は喜んでいた。 ある店に入ったら、アルルのマルシェで出逢ったドイツ人グループに、バッタリと会ったそうだ。(写真の人々) お互いびっくりしたと、話してくれた。 そのドイツ人たちとは、同年齢だった。 わたしたちがマルシェで買ったものを食べていたら、彼らも同じよう

      • 南欧9 マルセイユ市内の散策で機関銃の兵士

        アルルでの素敵な時を過ごし、新幹線でこの旅の最後の地であるマルセイユに向かった。 もうこの頃になるとホテル探しも堂に入ったもので、カンも働くようになり、 迷うことなく見つけることができた。 グループ旅行のときは、日本からネットで手頃なホテルに予約を入れておくのが通例となっていた。 マルセイユは、海と丘に挟まれたフランス最大の湾港都市だ。。 フランス最古のこの都市は 、小アジアから来た古代ギリシアの一民族であるポカイア人が紀元前600年頃に築いた植民市マッサリア(マッシリア)

        • 南欧⑧アルルの衣装祭

          その日は、快晴で青い空がますます青かった。 ホテルを一歩出て、通りを歩くと中世の紳士・淑女や民衆が広場に向かって歩いていた。 まるで、映画の撮影現場に行ったような、中世にタイムスリップしたような感じだった。 サン・トロフィーム教会がある広場からパレードは出発するのだ。 その教会に行くと、丁度結婚式がおこなわれていた。 教会の階段で花吹雪を受けながら、純白のウェディングドレスの花嫁が満面の笑みを浮かべていた。 しばらくすると、もう一組の花嫁も後を続いた。 お祭りには、結婚式も混

        モロッコ:旧市街 フェズ

          南欧⑦ 夜のカフェテラス ゴッホの絵

          ゴッホの跳ね橋から、市内に戻った。 私たちはグループで旅行時には、会計係りを一人決める。 当座に必要な金額を集めて、会計係りがまとめて払うことにしていた。 今回の会計係は仏像彫刻教室の榎本先生の奥さんが担当してくれた。 彼女はしっかりものだった。 この時点までに、同行者ほとんどが、旅先で何かを無くしているか、忘れ物をしていた。 唯一彼女だけが、無傷だった。 彼女は又、奥ゆかしさもあり、いつもグループの最後を歩いていた。 広場まで戻ってきて、そこにあった公衆トイレを順番に使った

          南欧⑦ 夜のカフェテラス ゴッホの絵

          南欧⑦ 夜のカフェテラス ゴッホの絵

          ゴッホの跳ね橋から、市内に戻った。 グループで旅行時には、会計係りを一人決める。 当座に必要な金額を集めて、会計係りがまとめて払うことにしていた。 今回の会計係は仏像彫刻教室の榎本先生の奥さんが担当してくれた。 彼女はしっかりものだった。 この時点までに、同行者ほとんどが、旅先で何かを無くしているか、忘れ物をしていた。 唯一彼女だけが、無傷だった。 彼女は又、奥ゆかしさもあり、いつもグループの最後を歩いていた。 広場まで戻ってきて、そこにあった公衆トイレを順番に使った。 最

          南欧⑦ 夜のカフェテラス ゴッホの絵

          南欧⑥ アルル ゴッホの跳ね橋

          ヨーロッパの高級リゾートであるニースから、新幹線でアルルに向かった。 途中の駅で、ローカル線に乗り換えてアルル駅に到達した。 駅は、街中より少し離れていた。 それぞれがカバンを転がしながら、ホテル探しを始めた。 ヨーロッパの道は石畳みが多く、でこぼこしているので、引っ張って歩くのは大変だ。 もうこの頃は、多くの土産を詰め込んであるカバンは重く、 階段を登るときには汗をかきながらの作業になった。 地図を片手に、街の中央に入っていった。 広場に通じる道路が、何本もあった。

          南欧⑥ アルル ゴッホの跳ね橋

          古城ホテルで王侯気分で・・

          展示会終了の翌朝は、新幹線に乗っていた。 この新幹線のチケットはネットで調べ、日本で買った。 飛行機のように早割りがあったり、乗る時間によっては大きな割引もある。 安いものでは半値以下にもなる。 日本の新幹線・JR鉄道は高すぎる。外国の列車は、格段と安い価格設定だ。 その日から、南仏旅行が始まった。 その日は古城ホテルに泊まる予定だった。  「一点豪華主義」という言葉が、一時期はやったものだ。  私の旅行は、超貧乏旅行が定番だ。  だが、どこかでミニ豪華を入れている。  そ

          古城ホテルで王侯気分で・・

          ※ コートダジュール&リビエラの女王 ニース

          セニョンのホテル前にニースからのチャター車が到着したので、コート・ダジュールに向け出発した。 ニースは世界的なリゾート地で、世界中から観光客が集まり、町そのものが観光地となっている。 温暖で風光明媚なニースは 「リビエラの女王」とも言われるが、その名前には負けていなかった。 断崖に張り付いた美しい村を後にし、南に向かう道は明るかった。 途中には、ひまわり畑が延々と続いていた。 ひまわりの海だった。 真正面から太陽の光を受けて、青い空にむけ黄色が広がっていた。 まさに、ひまわ

          ※ コートダジュール&リビエラの女王 ニース

          リュベロン地方周遊 鷹の巣村・・天空の城

          朝食後のホテルに、日本で予約した日本人ドライバー兼ガイドの車が到着した。 一人旅ではできないが、グループの時にはできる嬉しいことの一つに、車をチャターできることだ。 交通の便が悪いところでも、自由に行きたい所に行ける。 今日から、本格的な南仏の旅が始まった。 リュベロン周遊旅 リュベロン地方は、南フランスの原風景が広がり、太陽光が穏やかに広がる地方だ。 そして人間と自然が共存する美しい村が点在している。 ホテルから最初に行ったのは、世界一の湧水量を誇る人口600人の小さな村

          リュベロン地方周遊 鷹の巣村・・天空の城

          南欧 古城ホテルで王侯気分に

          展示会終了の翌朝は、新幹線に乗っていた。 この新幹線のチケットはネットで調べ、日本で買った。 飛行機のように早割りがあったり、乗る時間によっては大きな割引もある。 安いものでは半値以下にもなる。 日本の新幹線・JR鉄道は高すぎる。外国の列車は、格段と安い価格設定だ。 その日から、南仏旅行が始まった。 その日は古城ホテルに泊まる予定だった。  「一点豪華主義」という言葉が、一時期はやったものだ。  私の旅行は、超貧乏旅行が定番だ。  だが、どこかでミニ豪華を入れている。  そ

          南欧 古城ホテルで王侯気分に

          2014年4月モロッコ サハラ砂漠 ラクダ①

          悠久のサハラ砂漠 モロッコの面積は、日本の約1.2倍で西サハラを含むと約1.9倍もある。 地域ごとの自然や風景は、日本よりもダイナミックに分かれている。 海岸地域は豊かな陽光の美しい白壁の街並みがあり、モロッコの中央部には壁のようにアトラス山脈がそびえ、西側は肥沃な農耕地帯と「メディナ」の街が広がり、東は「カスバ」と呼ばれる城塞が続き、オアシスの街とサハラ砂漠の荒涼とした大地が広がっている。 今回の旅の決定打は、そのサハラ砂漠だった。 無限にも思われる砂漠をいちどは見、

          2014年4月モロッコ サハラ砂漠 ラクダ①

          南欧の旅2011年6月① パリでの素人が彫った仏像彫刻展示会

          そのときは、2度目のパリだった。 そしてそのパリ滞在では、面白いことを考え、実行した。 ただ、普通にパリに行ってもつまらないと思ったのだ。 仏像彫刻を始めて、10年ほどが過ぎていた。 それを始めたきっかけは、大学に付随している生涯学習センターのパンフレットを見たときだった。 『誰でも気軽に彫れる仏像彫刻』というキャチフレーズだった。 素人でも、彫れると書いてあったので、試して見る気になった。 だが、やはり素人には、すぐには彫れるはずもなかった。 その教室の先生は榎本先生といい

          南欧の旅2011年6月① パリでの素人が彫った仏像彫刻展示会

          スピティアル・ジャーニィー ~魂の求めるままに~~  大自然からの叡智から

          アラスカのオーロラ・・・オーロラが自然の一部だと教えてくれた 1994年頃のチェナ温泉は、まだ素朴な場所であり、温泉といっても大きなコンクリート作りの建物に、温泉プールがあるだけだった。 その建物からの通路の先にジャグジーがあるのだが、屋根もなければ何もなくコンクリート床は、凍っていた。外国の温泉では、水着を着て入るのが常識だが、 マイナス10度以下の外気のなかを、水着のみの姿で凍っている床を走るようにジャグジーに飛び込んだ。 凍っている床は、滑るし冷たいしで必死な思いでた

          スピティアル・ジャーニィー ~魂の求めるままに~~  大自然からの叡智から

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