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はじめまして!こばやしの板長をご紹介いたします

兵庫県宍粟市生まれ。
薪でお風呂を炊き、野菜と米を自家栽培しながら4人の息子を育てるパワフルな母と、鹿や猪を狩りに猟犬たちと仲間と共に山を元気に駆け回る父のもと、18歳までこの地で育つ。揖保川の支流で幼少期(おそらく4歳)から自身も川釣りを楽しむ。

その9割を森林が占める宍粟の豊かな自然の恵に囲まれて育った。

四人兄弟、家族の中で一番小さい四男坊のため(兄たちにはプロレス技をかけられる日々)、母の料理を手伝わないとご飯にありつけず、せっせと手伝い始めたことが料理をはじめるきっかけに。

今でも板長の作るあんこは懐かしい母の味。

釣り関係に進みたかったが、家族に「手に職を持ちなさい」と言われ高校卒業後は神戸の調理師学校へ入学。一年学んだ後に同じく神戸の高級料亭へ。上下関係が厳しい時代。特に期待せずに料理の世界へ入ったこともあり、毎日17時間勤務、給料は6万円、仕事が楽しいとは全然思わなかった。(扉のない押し入れに下宿していたことも)6年目くらいからだんだんと仕事が楽しくなってくる。その頃、阪神淡路大震災を経験。ニヶ月水汲み生活を過ごす。

釣りが大好き

27歳から料理長をつとめる。老舗の料亭だけでなく割烹居酒屋などでも料理長をつとめた経験から、高級食材だから美味しいということではなく本当に美味しい食材を見極める力や、食材×食材のかけあわせで新たな楽しみを見出す遊び心を持って料理する力を培う。

一品たりとも妥協のない八寸

37歳の時に神戸で妻(道産子)と出会い、5年間神戸と東京で遠距離生活。結婚後、独立を目指して東京で日本酒会を開催。当初はお互いの地元に近い、札幌か神戸でと考えていたが、友人も知り合いもいなかったがチャレンジできるならしてみたいと、東京を選ぶ。不動産を探しながら、月一回休みの日曜日に、朝イチの神戸便で仕込んだ料理40キロを運んで開催、その日のうちに夜行バスで帰る1年間。

飛行機にうっかり持ち込み荷物に包丁が入っており、警備官に取り囲まれたことも
(丁重に預かってくださいました。感謝。)

応援してくださった皆さまのおかげで、2013年11月「白金台こばやし」をオープン。難しい場所に開店したね、と言われたが皆さまのおかげさまでなんとか昨年10周年を迎え、11年目をスタート。ほっこりと過ごして欲しいという想いを持ち続け、唯一無二の店を作ることを目指して研鑽を積む。

静かな住宅街に佇む日本料理店

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