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【エッセイ】いくつになっても、恋に悩む

今は今。
忘れたころに電話がかかってくる友人がいる。
私に用事があるわけでも、会いたいわけでも、ない。
用事があるのは私以外の人であり、会いたい相手も私以外の人だ。
とはいって用事などほとんどない。
用事がないから、困っているのだ。

学生時代、私と友人は、同じ男性に恋をした。
キャンパスでしばしば見かけていた先輩だ。いつもいつも私と友人は先輩を探し、遠くから見とれていた。
ロン毛から覗く鼻筋の通った顔。ベルボトムジーンズに、ヒールを履いた脚はスラリと長い。
「ジュリーよりカッコイイね」

一度だけでいいから、話してみたい。
私と友人は、先輩が所属するロックサークルに入った。二人ともロック音楽に興味がないどころか、ビートルズとローリングストーンズの見分けもつかなかったくらいなのに。

同じサークルに入ったものの、近づくことすらできなかった。サークル内の女性の誰もが、その先輩を狙っていたからだ。
新参者の我ら二人には、高嶺の花すぎた。

人の恋路を邪魔するものは……。
天はときどき粋な計らいをしてくださる。
夏合宿での、昼食時。席に着いていた私の前の席に、先輩が座った。
テーブルを挟んで、あの先輩と向かい合ったのだ。
緊張のあまり、大好きなオムライスも、目に入らない。かといって、
先輩を見ることもできず、ひたすら下を向いたまま固まってしまった。

何を思ったか、先輩は、自分の皿からグリーンピースを一粒、一粒取り出しては、私の皿に並べた。
私のオムライスは、グリーンピースのネックレスをしていた。

恐るおそる顔を見上げ、先輩を見た。
「俺、グリーンピース、食えねんだよな」
いたずらっ子のように微笑み、グリーンピースを並べ続けた。
カワイイー。
高嶺の花が一気に、現実の人間になった。

以来、先輩のほうから話しかけてくれるようになり、それなりの
思い出もいくつか作ることができた。
そして先輩は、卒業した。

今でも、私と友人は、この先輩に恋をしている。
恋の深度は年々、深まるばかりだ。
二人が会えば、あいさつもそこそこに、先輩との思い出話が始まる。
先輩のことを話したくて、会っているのだからしかたない。

さんざん盛り上がったあと、結論はいつも決まっている。
「会いたいね」
「何て言って誘うの、用事もないのに」
「とりあえず電話だけしてみようよ」
「無理! 想像しただけでドキドキするもん」
「用事さえあれば……」

電話できなかった言い訳をして、自らをなぐさめることもしょっちゅうだ。
「もう変わってるよ。ただのさえないオヤジになってたりして」
「そんなだったら、100年の恋も一瞬にさめちゃうね」
「やっぱり会わないほうがいいんだよね」
納得して、その場は別れる。

無理やりこしらえた納得は、瓦解するのも速い。
「たぶん、そこらへんのオヤジになっていると思う。それでもいいわ」
「どんなに変わっていても、あのステキだった先輩であることに変わりないもんね」
「あたしたちだって、相当なオバサンだし」

そして、また会うための用事探しが始まる。
そのたびに、用事は見つからない。
「本当のことを言おうよ。いいカッコして取り繕おうとするから電話できないんだよ」
友人はいつも一言多い。
「あたしたち昔から、カッコわるかったしね」  

二人でさんざん頭を捻った挙句、まず友人が口を開いた。
「今までずっと憧れていて、でも機会がなくて、何回も電話しようとして、渋谷の、ほら道玄坂の途中にある、新宿とか吉祥寺とか……」
「それ、自分で言いなよ。番号プッシュするだけでエネルギー使い果たしているわけだし、そんな長いこと話す体力ないよ」
「じゃ、何て言うの?」

「生きているうちに、もう一度会いたいんです。だから、電話しました」
「それで、行こう!」

話は決まり、スマホを取り出した。
指が震えて、プッシュできない。それより何より、心臓が爆発しそうになる。すでに爆発していたのかもしれない。
側で見ているだけの友人の体も震え、瞬きすら忘れている。過重な労働を強られた心臓は悲鳴を上げた。
「とりあえず今日は止めて、じっくり練習してから、また電話しよう」
友人はまだあきらめていない。

1人の異性をめぐって友人関係が壊れる話はよく聞く。勝手に決めつけないでほしい。
私と友人は、一人の異性に恋をしたおかげで、いつまでも縁が切れない。   

あと何回、心臓を爆発させればいいのだろう。






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