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わたしの旅行記。クロアチアが呼んでいる?そんなわけないか。クロアチアにまつわる回想録。

最近、街に海外からの観光客が目に見えて増えた。

思い出す。
大学生の頃、私はバックパッカーに憧れた。
リュックひとつへどこへでも。
国境をひょいと越えておしゃれなカメラ片手に街をゆくバックパッカーは素敵に見えた。

私はというと、バックパックではなくちょっと大きい普通のリュックにあれこれ詰め込んで安宿より少し安全な宿で、地球の歩き方を片手に短い旅行を楽しんだ。長い人生で一番旅した全盛期でもバックパッカーにはなり切れなかった。

子どもができた今なら旅の仕方もかなり異なる。少なくとも荷物は子どもの着替えやおやつやおむつでパンパンになるだろう。

前は外国人観光客ファミリーを近所で見かけると、あんなでかいスーツケースに何が入ってるんだろう?と思っていたけど、日本人の優れた梱包技術を差し引いても、荷物が増えるのは仕方ないと今は思う。

学生時代、留学先のイギリスから、同時日本にはまだなかったLCCで方々を旅した。

ロンドンのLLCの空港はバックパッカーで溢れていた。パスポートに押されるスタンプは国ごとに違ってそれもまたおもしろい。EUの国はスタンプのデザインは統一化されている。

あれは夏。
チェコ、オーストリア、スロバキア、クロアチアを一気に、ひとり電車で巡る旅に出た。
それぞれの街をただお散歩することを目的とした1週間以内の小旅行だ。
実はこの4つの国、首都同士は互いに近い。

旅の最後のクロアチアの首都ザグレブ。
教会や大聖堂など中世都市の面影が残る。

でも思い出に残っているのは微妙な紳士とのお茶タイム。
そう、私はナンパされたのである。

いや、ナンパではないかもしれない。

紳士はスロバキアのルブリャーナからザグレブまでやってきたという。
私も同じルートでやってきた。
鉄道で2時間半くらいだ。
日本なら特急あずさで塩尻から新宿くらい?

紳士は私にお茶でもどう?と言った。
暇で予定もない私はあっさり応じた。
紳士の仕事や私の大学での勉強の話、スロバキアのこと、他愛もない話をいろいろした。
スロバキアには日本人が少ないようで、日本のことを聞かれて、ああもっと日本について知らなくてはと思った記憶がある。

お会計で紳士は店員さんに英語じゃない言葉で話しかけた。

クロアチア語が話せるの?
と尊敬の眼差しで聞くと、
スロバキア語はクロアチア語と似てるからなんとなく通じる、との答え。
そんなことあるんだーと驚きつつ、中東地域の歴史ももっと学んでおくべきだなあと反省もした。

それはそうと。
紳士は言った。

「クロアチアのお金ないからおごって。」

私は両替しておいたクーナを払った。
お茶に誘われてお金を払う展開に驚きつつ、そそくさと去っていく紳士の背中を呆然と見送った。

そんなこと、すっかり忘れていた。

覚えていても仕方のない出来事だし、紳士の置き手紙もなかったし。
月日は流れた。

ワールドカップで日本がクロアチアと闘った。
サッカーには興味はなかったけど、子どもに読んであげる子ども新聞で毎回サッカーの記事があって、クロアチアがずいぶん強い国だと知った。

そしてむくむくとあの思い出が湧き上がってきたのだ。
そういえば、と思い、検索窓に入れてみる。
クロアチア。

すると出てきたニュースに胸が躍った。
クロアチアでは2023年1月からユーロが使えるのだ!!
ついでに調べるとスロバキアはそれより前、2009年からユーロが使える。
ってことは、今あの紳士と出会っていたならばお茶をおごってもらえるのか!

気になってクロアチアについて調べたタイミングにこんなニュースに出会い感激だ。
クロアチアに呼ばれているのかもしれない。

ついでに思い出したのはクーナのこと。
クーナ硬貨に描かれた絵柄は自然のものが多い。鳥、魚、草花。美しくて旅行から帰ってもしばらくながめていたほど。
ユーロも各国のデザインがあるけど、シンプルな旧硬貨のデザインはまるで昆虫標本や植物標本のようでよかった。

今クロアチアに行くなら、アドリア海の真珠、ドゥブロドニクがいいな。魔女の宅急便や紅の豚の舞台と言われている。

憧れのものにどうしても手が出せない地味な私も、人生楽しまないと二度とその時は来ないと今は実感している。

鉄道旅もいいけど、飛行機で飛んでいって海辺の街で優雅に、それこそ一ヶ所1週間くらい滞在するような旅もいい。

実際、今は育児家事仕事に追われ旅行どころではないが調べてみるとドゥブロドニクに空路で行くルートは複数、クロアチア、スロバキア、イタリアからもあるらしい。

こうして調べて思い描くだけで、旅の楽しみを味わえる。Googleでのストリービューの散歩はバックパッカー以上の軽やかさだ。

ついでにクロアチア料理のお店でも探してみようと思って、クロアチア料理で検索したら、あった!!京橋に!

んん!?

このお店は日本で唯一のクロアチア料理らしいが、私は上京して間もなく、会社の先輩にリクエストしてこのお店に行ったことがある。確かに行った。今もあるみたいでほっとした。

なーんだ。私の中でクロアチアは細々と心の中にあり続けているんだな、と思う。

小学生の頃、魔女の宅急便のジグソーパズルに挑戦して、ホウキで飛んでいるキキの下にはドゥブロドニクの街並みがあったことまで思い出す。

いつかあの紳士に再会できたらお茶をおごってもらおう。ユーロで!

旅の思い出とその後の人生がこうして緩やかにつながっていくことを愉しく思う。歳を重ねるのもよいものだ。

そういえば当時は自分が学生で、スーツを着てる人はみんな紳士と思っていたけど、冷静に考えると年齢的にも、普通のにーちゃんだったはずだ。でもさすがにもう今は紳士になっているだろう。

果たして。
私は淑女になったかな?

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