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モンゴルとゴビ砂漠⑥ズルガナイオアシス後編

ハードキャンプ

ズルガナイオアシスにおいて、モンゴリアンデスワーム調査のフィールドワークの他は所謂キャンプ生活だ。
私はあまりキャンプ経験はないが日本はコロナ禍以降アウトドアブームが到来し、ソロキャンプや冬キャンプなど多岐に渡ったスタイルが見受けられる。
今回の話はキャンプブーム前の事だがかなり特異的なキャンプであったと今になって思う。
6月のズルガナイオアシスのキャンプはかなり過酷だ。私は勝手に3地獄と呼んでいる。
灼熱地獄、虫地獄、突風地獄。これら3つの地獄に交代で見舞われる。


灼熱地獄

6月後半のズルガナイオアシスは日中50度近くまで気温が上昇する。
日を遮る物は殆どなくテントに避難するが、風が入らずかなりしんどい。オアシスの水は温くなっているし、持参した水を浴びたい所だが貴重なので滅多にできない(当然だが砂漠滞在中は風呂はおろかシャワーもない)。ただただ堪えるしかないのだ。
買い出しで購入したペットボトルに入ったビールはすっかり温まり、これをどうにか冷たくできないかと知恵を絞った。そこで我々は地面を深く掘り始めた。井戸水が冷たいように地下は冷たい筈だ。汗だくになりながらも冷たいビールを想像して頑張って穴を深く掘り、そこへボトルを埋めた。
期待を胸に数時間後に回収したが結局温いままで骨折り損であった。



虫地獄

オアシス付近のキャンプは水辺というだけあって大量の羽虫が生息している。彼らは主に気温が下がり始めた夕方頃に活発に動き回る。
彼らからしたら我々は「飛んで火に入る夏の虫」ならぬ「飛んで水に入る夏の人間」だ。
アブ、ブユ、蚊の様な大小さまざまな虫達が我々を襲う。テントの外にいると常に虫達の突撃に晒され、ずっと手で叩いたり潰したりしていた。何ヶ所刺されたかわからないが、私は帰国後しばらくかゆみに悩まされ、1か月以上痕が残った。

1番大変なのは大便時だ。テント付近に簡易トイレを拵えたのだが、人間大便している時がかなり無防備でいる事を思い知らされた。
尻を突き出すとご馳走とばかりにワッと虫が集まってくる。その為、常に手で尻を叩きながら素早く用を足さなくてはならない。これはかなり過酷だ。

簡易トイレ
「善は急げ」ならぬ「便は急げ」だ


酷暑における作業に耐えかね一度水浴びをした事があった。ポリタンクの水を頭から被る。
久々に頭が洗えるからと、持参したシャンプーを使用したのが良くなかった。夕方頃になると甘い芳香を放つ頭部は大量の極小の羽虫達に覆われた。
「ぷーん」という微細な音が何処へでもついて周る。耳にも入って来る。発狂寸前であった。もはや拷問に採用できるレベルだ。これに2、3日晒されたら人は精神に異常を来たすだろう。

食事中も常にハエと戦わなくてはならない。虫の多さに耐えかねたドライバー2人はある時、周辺に落ちている動物の糞を集めてきた(ラクダの糞らしい)。何をするのかと思ったらそれらに火をつけ始める。カラカラに干からびた糞は簡単に燃える。もくもくと狼煙のような煙が上がると文字通り香ばしい糞の臭いが鼻をかすめる。我々は「うわっ」とドン引きしてしまったが、何と煙が漂っている所だけ虫が寄ってこない。遊牧民の知恵なのだろう。
虫に寄られるくらいなら糞の煙に包まれていた方がまだマシだと思い、食器を持って煙の中へ身を寄せ食事を続けた。ありがたや。



突風地獄

日もすっかり暮れると、虫達はどこへ行ってしまったのかと思うほど姿を消してしまう。気温も下がりかなり過ごし易い時間帯に入る。
我々はキャンプファイヤーのように拾い集めた枝木を燃やしては酒を飲んでガイドとドライバー達と親睦を深めた。普段は百戦錬磨の営業マンであるS君は酔いも回ると接待時のオハコよろしく服を脱ぎ始める。脱いだ服はポイと火の中へ焚べると全裸になるまで続けた。後輩のA君も続く。女性であるガイドのOさんの反応が心配になったが杞憂であった。皆大爆笑していた。
日本式接待(?)がゴビ砂漠でも大活躍してしまったのだ。
M君に至っては裸になってから股間にヘッドライトを付けてウロウロしていた。火から離れた暗がりで見るとUMAにしか見えない。前編で述べた「長老」が若き日に目撃していたら今頃語り草になっていただろう。

夜のゴビ砂漠は見上げると満天の星々が360度広がる。流れ星どころか人工衛星まで見える。感動で息を飲む。
灼熱や虫達で心身共に疲弊した身体に何かがチャージされるような感覚になった。
その後テントへ戻り、寝袋に潜り込んで就寝するまでは良かった。
眠り始めてどれくらい経っただろうか、突如として激しい風が吹き荒れ始めた。
眠れないどころかテントが潰れそうになるくらいの勢いだ。近くで叫び声が聞こえてきた。S君の声だ。外に出ると全裸で叫ぶS君の横には彼が寝ていたテントがペシャンコになっていた。何とか組み直して自分のテントへ戻り再び就寝を試みた。
風は数時間続いたと思われるが何とか耐え凌ぐとようやく朝を迎えた。ズルガナイのキャンプは本当に心休まる時間は短い。

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