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チーフのチーフたる所以

同じ職場の彼のあだ名は『チーフ』
そんな肩書は正式にはなく、いつしか誰かが名づけ、周りもそう呼びだし、アラサーの彼もそう呼ばれると「はい」と返事をしだして自然に受け入れ、定着していった

この部署には支払いがらみの業務があり、度々問い合わせの電話が来る
お金のことなのでこちらは万が一にも間違いのないよう手続きをしているけど、解釈の違いというか、思い込みというか、そもそも制度が気に入らないからか、受話器を取った瞬間から怒りモード全開で話が始まることも時々やってくる

ある時、彼の向かいに座る人がちょっと首をかしげながら言った
「いやぁ、すごいわ。めっちゃ怒鳴って怒っている人でもいつの間にか落ち着いて最後は談笑して終わるもんね。最初、掴みかかられたのに最後は肩組んでる感じになって電話終わるんだよね」

そんなことある?怒ってる人は不満が解けても結構最後まで怒りモードだし、ぶっきらぼうな返事で終わって、嫌~な気分になるけどな・・・

ある日、電話が鳴った
彼が取ると、斜め向かいの私にも受話器越しに怒気を含んだ大きな声なのがわかる
彼はムッとすることもおどおどすることもなく、穏やかな表情で対応
他にも電話があったり話し声がしているからはっきりとは聞こえないけれど、時折「ええ…はい…そぉなんですよねぇ…」なんて言いながら説明をしているようだった
15分、いや20分くらいたった頃、ようやく決着がついたようで「はい、ではよろしくお願いします」と微笑みながら受話器を置いた

まずは相手の言い分を丁寧に聞き、受け止めた上で疑問点や不満点について説明する、もしこちらに不備があればきちんと謝罪する・・・そんなことは基本でみんなしていることなんだけど、彼の場合は何が違うのか、人柄というエッセンスが入るからか実に爽やかに、スマートな着地を聞いている人に感じさせるらしい

その瞬間、私同様聞き耳を立てていたであろう同じシマの全員が申し合わせていないのに優しい拍手でねぎらい、誰かが「スタンディングオベーションもんだわ」と感心した

こんな出来事もあって、部署内で1番か2番目に若い彼はそのコミュニケーション技術を含め尊敬と親しみを込めて『チーフ』と呼ばれることになる

聞くところによるとチーフはいい大学を出ていて、でも卒業後しばらくニートだった時期があるらしい
ゲーセンでバイトしていたこともありクレーンゲームがすごく得意らしい
さらに、一時期パチンコでお小遣いを確保していた時期があったことが判明し驚いた
慰安旅行の大阪で『一度でいいからパチンコに行ってみたい』という女子数名を含む男女6人で1万円を握りしめてパチンコに行ったのだけど、初心者のお世話をしながらも1人だけ元金のいくらかを回収していた

そんな意外な一面もまた魅力と化し「さすがチーフだわ」と言わしめる

私が「昨日さ、2600万円振り込まれた通帳を見ながら『これ何のお金か、明日チーフに聞いてみよ』って夢を見た」と話したら、「その金額、ロト6の2等くらいの金額なんですよねぇ」と楽しそうに答えたチーフ
「じゃあ、もし宝くじでその金額が当たったら、お礼に100万円プレゼントするね」と、そんな冗談みたいな約束もしたっけ

違う部署になってからも時々PCの掲示板で見かける彼の文章はとても分かりやすく、ほんのり優しさを含んでいて『やっぱチーフだわ』と顔が緩む

あれからもう20年近く経っている
思い出しては時々宝くじを買ってみるけど・・・
ごめんねチーフ、まだ当たんないわ(笑)





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