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時の迷い子

帰りは歩いて駅まで行こう。
あの子がこの高校に入るなら通学路も見ておきたいし。

バス停には説明会を終えた親子が長い行列を作っていた。
一緒に来た娘は友達ともう少し見学すると言ったのでマイコは1人初めての道を歩いた。
来る時のバスで通った道は一本道だったから迷うことはないと思った。

何気なくまわりを見渡しながら歩いているとふと道路の向こうに二階建てのハイツが目に入った。その左端の一階の部屋に釘付けになった。
空き家なのだろう、反対側の窓から差し込む眩しい日差しと廊下の床がまっすぐ見えた。

ここ、知ってる…

ここで誰かが待っていた。

遠い日、確かに誰かがこの部屋で待っていた。

エピソードI
ブォー、ブォー。
バスの音だ!止まった。
定期を見せて…降りたかな。
あの角を左に曲がって…
そしてもう一つ左に曲がって…
かっかっかっかっ
ママの足音!
「おかえり〜、ママ」
女の子はインターホンの音を待たずにドアを開けた。
「ただいま〜。今日は会議で遅くなっちゃって。ごめんね。」
「ううん、大丈夫。カレー作ったよ。」
「わあ、ありがとう。おいしそ!食べよ、食べよう。」

女の子は毎日バスとママの足音を待っていた。

エピソードII
「もう先に食べよっか。」
「そうやね。」
「せっかくプレゼントも準備してたのになあ。ふんっ。」
「うん。」
妹のほうはただうなづくだけだった。
「おいしいなあ、お肉。サラダも綺麗や。スープもあって豪華!」
「うん。」
姉妹は自分たちで作った料理を満足気に食べた。
姉妹の父は結局その日も帰ってこなかった。
誕生日は家にいるかと確認もしたのに。いるならお祝いしようという話だったのに。

エピソードIII
今度はいつ遊びに来てくれるかしら。
まだ小さいからママとパパが一緒でないと会えないもんねえ。
今度はチーズの春巻きを作りましょう。クッキーも作ろうねえ。お絵描きもしようね。
待ってるからね。


マイコはまだハイツの一階を見つめていた。向こう側からの日差しはもう見えなくなって部屋も暗くなっていた。

今のはなんだったんだろう。
初めてのところなのになぜかここを知っているような感覚だった。

誰かがあの部屋で待っていた。

遠い日、誰かが…

マイコは今よぎった思いを振り切るように駅までの道を急いだ。

誰かが、ここで、私を待っていた…


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