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HSPかもしれない35歳女が初飲食パートで精神的にくたばる寸前の話。

前提1 最近流行り始めた(?)HSP気質については他の先輩ライターさんたちがしっかり書いているだろうのでその辺りはまるっとすっ飛ばす。

前提2 この物語は大筋や感情面以外はある程度フェイクが混じっている。その頻度や量は某掲示板の書き込みと同程度、またはそれ以下である。(そもそも「HSPかもしれない」のだって本人は大真面目だが誰にも証明できないのだから全てがフィクションと思ってくれて構わない。)

午後6時半。店長が「今日は暇やな、どないなっとんねん。」と話しかけてくる。「そうですね」と答えながら、私は灯りに誘われた蛾のように周辺の居酒屋にちらほらと人が入っていくのを想像している。店長は間を持たせるためか、いつもこのフレーズを言ってくる。別に本気で「どないなっとんねん」とは思っていないのだ。何の意味もないただの定型文だから勤務三日目からは聞き流している。店長も私に面白い答えなんか期待していないし、期待されていないのにわざわざ頭を使って気の利いた返しをする必要なんか無い。とりあえず首肯が欲しいのだ。無視されていないという確証が欲しいのだ。面倒臭いが店長は中年も終わろうとしている年齢で、家庭でも職場でも案外寂しいのかもしれず、私は雇われている立場でしかも一番下っ端であり要領がとてつもなく悪いので無意味な会話をするのもお給料のうちだ。

有線の流れる店内に、パタ…パタパタ…と断続的に音がする。ナイロンカーテンが店の入り口に飛沫対策のために付けられているのだが、半開きの窓から吹き込む風に揺れて音が鳴るのだ。これが本当に耳障りで、心地良いリズムではなく鳴ったり鳴らなかったりかと思えばいきなり凄い勢いでパタパタパタパタパタパタ!!!!!!!!!!と始まる。こいつは無意味な会話よりよっぽど私の神経を逆撫でする。パタパタは私が落ち着いている時もテンパってる時もお客さんが小さい声で喋っている時も店長が私に悪態をつく時もずっと鳴っていて、いつまでも耳のリソースをとられて鬱陶しい。窓を閉められればいいんだが窓を開けたいのは店長で知らないフリをして窓を閉めてもすぐに見つかり「窓ぉ!」と指摘されてしまうので開けるしかない。勿論、店内換気の為もあるのだろうが他の方法はないのだろうか。

いや、この小さい小さい世界の全ては店長が無からひとつひとつ大切に作り出した物なのだ。店長が絶対的な神であるからして有能な先輩たちならともかく、餃子のタレ用の小皿の一枚、テーブルや椅子のギトギトさえ、無能な羽虫のような私が自由にしていい物なんてないのだ。

午後7時。少しずつ人通りが増えてくる。店内に一人、二人、少しだけお客さんが入ってくる。無能な羽虫のような私もこれくらいならまだ大丈夫、無人の時よりは焦っているがまだテンパる時間じゃない。伝票は書き込むが、オーダーを取るし誰が何を注文したかはまだ比較的覚えている。「おい、こんな暇な時にいちいち伝票なんか書くな!書くから覚えへんねん!これくらい覚えろよ!」「はい」「覚える気あるんか?」覚える気はあるけど覚えられません!覚えて間違うより書いたほうがいいし伝票見れば全員分かるんだから別に良くないか?!そこ、注意される筋合いなくね?!「李(とんでもなく優秀な先輩)と俺は伝票なんか無しで口頭だけやぞ!」はいはいそうでござんすか。すんませんね短期記憶不得意系無能で。

悪態を吐かれながら、調理補助、料理出し、下げものをやる。お客さんが食べている間は暇なのでやっとお冷やが飲める。とにかく湯気で暑くて死ぬ。制服のTシャツはとっくの昔に湿気ていて、年齢のせいってことにしているが首が汗と皮膚の油のせいでぬめってくる。一応女なのに。しかもマスクの内側も呼吸の結露と油と汗で大変お見苦しいことになっている。まだ女なのに。目線は入り口に置いたまま、お客さんから見えない位置で喉を鳴らしながらお冷を一気に流し込む。私が気付かなくても店長かスーパー李さんが気付くが、一発目のお冷を出すのは結局私なので調理場から「いらっしゃいませー!」を言いながら飛び出す準備をしておかないといけない。ここまででもずっとパタパタ。あああああうるせえ!!

食後にお客さんがスマホをいじり出す。失礼して下げものをしていると店長の圧に私だけが気づいてしまう。曰く、「食べたなら早く帰れよ!スマホなんか家でみろよ!」である。しっかりした目線と表情を向けるものだから、いつまでも暇がいい私はお客さんに「気にしないで!帰らないで!ゆっくりして!」と負けじと念じている。もし感情のパワーがオーラのようにお互いから立ち上って、それが形になっていたら自動操縦のスタンド同士のように戦っていることだろう。スタンド使いはスタンド使いに惹かれ合うのだ。しかしお客様は一般人だったらしい。そんな水面下の攻防には全く気付かず、どこまでもマイペースに、自然体で過ごしているのを見て、いいなーいいなー、HSPじゃない人っていいなーと思う。レジを打ってお釣りを返す。たまたま簡単なメニューで簡単なお釣りだった!ラッキー。でんぐりかえってバイバイ。また来てね。

午後8時。きれいに食べてくれてて洗い物が楽で嬉しい。なんなら一生皿洗いでもいい。笑顔も要らんしオーダー覚えなくてもいいしお釣りを焦って渡すこともない。ああ、それにしても食洗機ってなんて偉いんだ!予洗いだけできっちりきれいになるしボタンを押してから出来上がるまでの分数も絶対に一定である。はーー、しかも洗い場は下っ端の仕事であり店長の用事はないから全然来ない。圧をかけられることもないのだ!幸せ…

と思ったのも束の間、「おい!!お持ち帰り!!!」店長の声が響くからサービスタイムは即終了のお知らせになる。クソ、やっぱりそろそろくると思った。皿を洗う前にもう一杯お冷を飲んだら良かったクソ。でかい声で「ハイ!」と言いながら手を洗ってレジ前に駆け寄る。この店は持ち帰りもやっている。今時特に珍しくも無いと思うが店内と持ち帰りを同時にこなすのは私にとってはマジで脳味噌の容量が足りてない。足りないのよ、ギガが。注文を聞いて「お待ちください」と言ったタイミングで並び出す。お客さんの心理で、人が買ってると自分も買いたくなるし興味が出るんだよね。分かる。とっても分かる。並んでると「なんの店?」「なんの列?」「並んでるし美味しいのかな?」なんてね!

並び出すとTHE⭐︎無脳な私がテンパる。初来店で全くわかってないお客さんAが初心者向けの質問をガンガンかましてくる。一生懸命答える。店長がコイツには任せてられないと見て横から被せて説明してくる。聞き取れないお客さんAが聞き返してくる。「お前!ちゃんと説明したれよ!」ええ…そうですね…私ですね…疑問が解消されて納得したお客さんAの後ろで次のお客さんBがあらわれた!お客さんBは早くしろよって顔でこちらをみている!勿論店長も「後ろがつかえてる!早くせえよ!」の圧を向けてくる。ダブル圧!やめろ、一緒になって圧をかけるな!!圧に気を取られてフリーズしてこんな時に限って計算の凡ミスをかます。呆れた店長がクソデカためいきのこうげき!続いて「なんでこんなミスするねん!おかしいやろ!」これは素直にその通り。おかしい自覚はある。なんとか全オーダー通して持ち帰りのためのお箸や袋を用意している間に店内にまたお客さんが入り出して私が持ち帰りに対応している間になんとなく満席になっている。

こうなるともうダメ。完全な無能の一丁上がりで、持ち帰りのことをしている間に店内でどのお客さんが何を注文したのか、今どこまで運ばれて何が作られているのかが全く把握できていないのに店長からガンガン料理を渡される。「これ、どの卓か分かってるやろなぁあ?」分かりません。なんで教えてくれないの??2人前だからなんとなくカップルのところかな??「四人組のところ!!!!なんで聞いてへんねん」聞いてません…持ち帰りのレジやってて、そこまで詳しく聞いてません…自己嫌悪でゲロ吐きそうになりながら料理を運ぶ。持ち帰りの料理がどんどん出来上がる。渡す。この辺でなぜか腰が痛くなってくる。パタパタパタパタ、ああもう無理だ、心なんかとっくに折れてる。改善するためにどう努力したらいいのかも分からない。

「今日は店終わり!」店長の号令でやっと終わりが見えてくる。助かった。お客さんはまだ食べてるけどもう新規のお客さんが来ないのは分かってるから気が楽。やっと有線で流れる音楽が聞こえてくる。後は片付けてレジを打つだけ。ミスはしたけどなんとか終わった。

今日も私は変わらず無能で、店長とスーパー李さんにご迷惑をかけたままドロドロの顔を貼り付けて、湿ったTシャツをグルグルカバンにポイして着替えてお先に帰らせていただきます!お疲れ様でした!

帰りに一人で見上げた空に月が浮かんでいるけど明るい未来なんて今は想像できない。安心して働ける日は来るのだろうか。いきなり、前の居酒屋から気持ちよさそうに大声で笑って出てきた家族連れがそれぞれ無灯火の自転車に乗ってとぼとぼ歩く私を追い越していく。ここはなんてふぁっくな町なんだろう。嫌だわ、早く擦り潰さないと。

他人事として見れば精神的にくたばる話だってコメディーだろう。これを読んだ人が少しでもクスッと笑ってくれたら、または、うちの方がマシ!と明日の活力にしてくれたら私は嬉しい。

人間の形を保つのが困難な全ての仲間たちへ。ぼちぼちやろうぜ。動いても動かなくても、頑張っても頑張らなくても良い。ありがとう、また明日。





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