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民主派排除の選挙 史上最低の投票率で幕を下ろした

[香港 2023年12月11日]
 昨日は香港の区議会選挙の投票日で、選挙制度改正後初の区議会選挙でもあります。朝8:30より始まった選挙は、前回民主派が圧勝した選挙とは異なり、完全に盛り上がりに欠けていました。
投票率は前回2021年の立法会選挙(国会選挙相当)の30.20%より低い27.54%となり、香港史上最低の投票率を記録しました。

直近行われた3回の選挙投票率の比較(筆者作成)


イギリス統治時代より低い投票率 民主化の後退の証

「愛国者による統治」を掲げた今回の区議会選挙では、民主派の立候補を完全に締め出し、愛国者と称された建制派(親政府・中国派)のみが立候補できるように改正されました。
さらに投票によって議員を選出する直接選挙枠を452人から88人まで減少させ、民主的要素が全く反映されない「出来レース」選挙となり下がりました。

2023年区議会選挙の主な変更点
・「愛国者による統治」の原則に基づき立候補資格の審査を行う
・452人あった直接選挙枠を88人まで減少
・「地域委員会枠」を新設し、176人が特定有権者によって選出される
・残り約四割の枠は行政長官が委任する

そして、新たに設置された間接選挙枠にあたる「地域委員会枠」では、投票率96.92%を記録しました。この枠では候補者のみではなく、有権者も制限されていて、直接選挙枠より当選議員数が多く設定されていることから、実質「委任議員」であると言われています。

2021年の立法会選挙より前は、1991年に行われた初代立法局(現・立法会)選挙の投票率39.10%が最低とされていました。しかし、今回の選挙もこの最低投票記録を更新し、植民地時代含めて香港史上最も投票率の低い選挙となりました。

香港史上投票率ワースト3
1. 2023年区議会選挙 - 27.54% 
2. 2021年立法会選挙 - 30.20%
3. 1991年立法局選挙 - 39.10%

投票の呼びかけに多額の税金 効果があったとは言い難い結果に

制度改正によって「異例尽くし」の区議会選挙となりましたが、投票の呼びかけにも「異次元級の税金」によって対策されていました。

まずは、中国在住向けの「遠隔投票所」の設置です。
これまで有権者は自身の住所を基準に投票所が決められ、そこで投票することが鉄則でありました。今回は「有権者の多くが希望し実現した」のがこの遠隔投票所となり、中国側のゲートに近い上水(ション・スイ)駅の近くの学校を徴用し、指定された投票所とは異なる場所での投票を許可しました。
さらに、駅から投票場はわずか徒歩で5~10分程度にもかかわらず、シャトルバスを運行させていました。

中国在住の香港人は専用投票所へのシャトルバスが用意されている(筆者撮影)
遠隔投票所まで駅からわずか徒歩で5~10分程度でした(筆者撮影)

次に、投票を呼び掛けるために「区議会選挙カーニバル」を実施ました。
投票日の前日の10月11日、香港の各エリアで大型のイベントを実施し、選挙宣伝車を置き、花火やドローンによるナイトショーを開催、博物館などの施設の入場料を無料化、さらにローカルの歌手や芸能人を多く招集した音楽フェスを開催するほどの大盤振る舞いでした。
もちろんこれらのイベントは、区議会選挙への投票を呼びかけるのが目的で、会場には宣伝コーナーなどが設けられています。

そして、政府認定の老人ホームなどの施設の居住者が投票しやすいよう、シャトルバスを手配する料金として、一回限り2万香港ドル(約37万円)の補助金を給付しました。
老人ホームなどの施設は、これまで建制派の票田と言われるほど多数の支持者を有し、政府は補助金を通して建制派へ票を入れたと言っても相違はありません。

前編で紹介しました街中に広がる「選挙広告」を含めますと、投入された税金の金額が少なくないことがわかります。香港政府の資料によりますと、2023-24年度の選挙事務所(政府の選挙管理機関)の全体予算が14.1億香港ドル(約261億5千万円)で、選挙に関する予算が11.5億香港ドル(約213億3千万円)を占めています。前回の全体で8億香港ドル(約148億4千万円)と選挙で6億ドル(約111億3千万円)より大幅に増加しているのがわかります。

上記の選挙予算に加え、今回の選挙には約1万人の警察が警備活動に動員され、その他さまざまな公務員やボランティアがかかわっていることを考慮すると、税金投入率と投票率は全く連動していないと結論付けて良いかもしれません。

選挙妨害の疑いで逮捕者 私服警官よる監視を訴える記者も

投票期間中に選挙妨害の疑いで逮捕された人も続出していました。
最初の一組は現役公務員とその旦那で、海外に亡命した元議員が白票を投じるように呼び掛けたSNSのポストをシェアし、選挙妨害の疑いで廉政公署(れんせいこうしょ、汚職などを調査する専門機関)に逮捕されました。
もう一組は香港の政党-社民連(社会民主連線)の主席陳寶瑩(チャン・ホケイ)氏、周嘉發(ディクソン・チャウ)氏、余煒彬(ユ・ワイバン)氏の三名で、行政長官の投票時のデモ活動に向かい途中に警察に止められ、選挙をボイコットするように呼び掛けた罪で逮捕され、その後廉政公署に再逮捕されました。
※香港の≪選挙条例≫では、他人に無効票や投票に行かないように呼び掛けると違法となる。

また香港ジャーナリスト協会主席の陳朗昇(ロンソン・チャン)氏は、約二時間にわたり黒服にサングラス・イヤホンの男性に監視・尾行されていると称し、Facebookでライブ中継を行い該当男性に「警察なのか」と問い詰めました。無論この男性は「誤解だ」と称し、すぐその場を離れました。
陳氏は動画で「該当機関は無意味な嫌がらせをやめるように」と呼びかけました。

Facebookライブで尾行者を問い詰める陳氏(陳朗昇氏のFacebookより)


投票率は民意の表し 政府はどうこの結果を受け止めべきなのか

香港01紙の記事で専門家の意見を伺ったところ、「投票率が25%を下回らなければいい方」とコメントしていて、投票率を高く見積もっていないことがわかります。
また各省庁の官僚もインタビューで、投票率に目標値はない、もしくは投票率は気にしていないなど発言し、制度改正後の投票率にあまり自信がないと伺えます。

建制派候補者の顔しか見えない投票日当日(筆者撮影)

しかし、選挙に参加した候補者は得票率で自身がどれほど有権者に認められているかを測るように、投票率は選挙自体がどれほど有権者に認められているか測る指標です。
一般企業においてKPI(重要業績評価指標)が設定されているように、税金をかけて行われる選挙の投票率がどうでもいいというのならば、何をもってこの選挙を評価するべきでしょうか?
さらに根本的な疑問として、事前審査によって選ばれた候補者を有権者に選ばせるのは、果たして「自由意志に基づく選挙」と言えるのでしょうか?

おそらく上記の質問の回答は香港にいるすべての人が知っている、一般人だろうが、公務員だろうが、官僚だろうが関係なく理解しているはずです。
だが、それを知ってても誰も言えない、≪ハリーポッター≫に出てくる「名前を言ってはいけないあの人」のように恐れて口にすらできないようでは、変われるものも変わらないのではと考えます。

今後の香港は、投票率27.54%の結果を踏まえてちゃんと「No」が言える人が出てくるかどうかで未来が分かれるのかもしれません。


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