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私の失恋体験記①人生初の失恋、そして1年の後悔

はじめに

 夜のふとした時、街中を歩いているときなどに、過去の失恋がどうしても私の頭に蘇ってしまうこの頃。特にカップルの楽しそうな姿を見てる訳ではないのに、私の頭の中に突発的に出てくる。でもこの苦しさは誰も取り除いてくれない。そんなつらい夜が続く。

 つい最近失恋した。今回はお付き合いして3ヶ月くらいだから、ダメージはそれほど大きくはない。だから心への負担は少なく、すぐに立ち直れると思う反面、そのくらい彼女を愛すること思いが自分になかったのかもしれないと、自分自身にショックを受けている。

 そこで今回は、過去の相手への懺悔もかねて、私のこれまでの恋愛についてさらしていく。そして、備忘録として反省材料にするとともに、次のお付き合いに生かしていく。

はじめて付き合って…

 話は学生時代にまでさかのぼる。もともと奥手で友達もあまり多くなかった私は、小学校時代からスクールカーストの上位にいる人たちがあまり好きではなかった。

 特にすぐ「キモイ」という上位層の女子たちがあまり得意ではなかった。彼女たちの悪どい行動や発言のインパクトが強すぎて以降、異性が怖いと感じ、交流はほぼ無に等しかった。

 中学生以降になるとちらほら付き合い始める人が出てくるが、過去の経験もあってか、「別に付き合ったり、仲のいい異性がいなくたっていい」と思っていた。これは決して強がりではなく、ただ、純粋に「別に同性の友達だけいればそれでいいよね?現状で特に苦労することないし…」と思っていた(これは断言しておく、間違いない)。

 時は過ぎ、高校卒業時期辺りから、私は初めてお付き合いすることとなった。その人は高校入学時から私のことが好きだったらしい。その人は3年間も思い続けてくれ、奥手な私の関心を得ようと頑張った。

 しかし、兼ねてより異性にあまり興味がなかった私は、向こうからのアプローチにまったく気が付かず、(ひどいことに)むしろ鬱陶しく思って関わりを避けるほどであった。

 こんな行動にもめげずに3年間ずっと私のところに来てくれた姿や、周囲との良好な人間関係から見える人当たりの良さ等の良い部分や気になる部分を見つけていき、その人のことを帰宅後も考えてしまうようになった。そして、小中の自分とは打って変わり、気が付けば人生で初めて人を「好き」と思う感情が生まれ、お付き合いすることとなった。

 その人の周りにはいつも「フワフワ」と書いてある吹き出しが出てきそうなくらい、あたたかく(いい意味で)緩い雰囲気の方で居心地がよく、そんなところを、私はとても好きだった。

 相手は、私の真面目なところや、いつも目を見て真剣に話を聞いてくれるところ、きれいな目やスタイルの良さが好きだと言ってくれた。大概この言葉は誰にでも当てはまりそうな言葉だったから、とても嬉しいとは感じなかった。何なら、ひどいことに、自己肯定感が低い私にとって「本当に?何か裏があるのではないか」と思っていたほどだった。でも、彼女は何度も粘り強く、何度もそう言ってくれた。

 初めてお付き合いするうえ、異性と話す機会が少なかった私にとって、「デートってどういうもの?」「今この人は何をしてほしいのか・何を考えているのか」等、本来はそこまで深く考えなくてもよいことに頭を悩ます毎日であった。おそらく、「恋人としてこんなことも言われないとわからない?」くらいのことであろう。

 失敗はしたくないと思って「付き合い」に関して頭を回転させるうちに、「とにかく、この人に嫌われたくない」という思いが強くなり、話すことや行動すべてが保守的になってしまった。こうして自分の言葉や行動を示すことが少なくなり、相手に好きであることを伝える時間が少しずつ少なくなっていった。

 また、傷つきたくない(嫌われたくない)あまり、たびたび保身としてのネガティブ思考が登場した。「どうせ…」「自分は…なんて無理」とよく言っていた。こうした点はなるべく表に見せないようにしていたつもりだが、自然と出ていたのだろう。

 嫌われたくない、彼女に変なことしてしまう自分がいるのではないか、そんなネガティブな性格から、自分を隠し続けたままになっていた。次第に相手側も私とどう接してよいのかわからなくなっていった。こうしてぎこちない毎日が続くと、彼女の温かい雰囲気や笑顔が少しずつ消えていってしまった。

お別れ

 お別れするきっかけは向こうからだった。

 ちょうど彼女の誕生日の月のことだった。アイス屋さんで、少し間を置きながらもにこにこしながら「別れよう(『形式的に友達に戻ろう』を付け加えて)」と言われた。言われたことを端的にいうと、私自身に「自信」がなく、ネガティブなところが嫌だとのことであった。

 その日の昼から、違和感はあった。なんとなく向こうは頑張って明るく振舞っていた。その分、よくトイレに行った。思い違いに越したことはないが、おそらくそこで何度も涙をぬぐい、何度も「今日伝えないと」と決心したのだと思う。

 しかし、当時の私は、「笑いやがって、何へらへらしてんだ。人の気持ちを笑いながら踏み躙りやがって。」「気になることがあったらもっと前にさっさと言っとけよ」などと思い、とてつもなく腹が立った。

 そこで相手への貯めに貯めていた不満をぶちまけていたらスッキリしただろうが、私はなぜかその不満を隠した。相手の悪いところを言う=相手を傷つけると錯覚していたのかもしれない。もっとも言われた言葉に対して、何をどう言ったらわからなかったことは大きい。

 そして同時に、高校卒業からの関係を終わらせたくないと、粘った。「自分で考える時間が欲しい」「自分の性格を直すからもう一度チャンスが欲しい」なんってことも言った気がする。

 初めは仕方なく耳を傾けていた向こうも、度重なる話す機会によって次第に私との時間が億劫になった。「どうせ聞いてもらえない、あきらめよう」と思った私は、結局モヤモヤしたままこの別れ話を受け入れた。こうして、初めてのお付き合いが終了した。

おわりに 後悔

 今となって、復縁は望んでいない。だが、どうしても自分の言動に対して、当時の私の考えやそれによる言動には後悔しかない。

 もちろん、お別れしたことに対しては、「妥当」の一言で済む。お別れの言葉も、非常に的を得ている。付き合った時間の中で、相手は想像できないくらいの我慢を重ねたことだろう。

 それでも、相手の幸せを考えるほどの余裕のなかった私は、懸命に抗った。相当な重量の重荷を背負わせてしまっていたことが、悔やんでも悔やみきれない。

 「あのときはごめんなさい。」その一言は、いつ、どんなときに言っても、私の気持ちも、彼女の気持ちも晴れることはない。

 この出来事を記憶上から抹消したい。でもできない。だから謝罪しようとしても、この出来事は消えたり、清算できたりすることはない。

 でも、この後悔は「ごめんなさい」に乗せることが、私の精一杯できることだった。

 これ以降、一年間はこの失恋を引きずることとなるのであった。


あのときはごめんなさい。どうか、お元気で。

失恋して、つらい思いをしている人がいる(いた)事実があるだけで、心の負担が少し軽くなる気がします。そんな手助けになれば幸いです。

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