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ヘルスケア事業にエビデンスをあたえる パブリックヘルス室の仕事

キャンサースキャンには、部署名に公衆衛生(Public Health)を掲げる専門部隊があります。研究開発(R&D)や、受診勧奨コンテンツの制作において重要な役割を担う「パブリックヘルス室」の仕事内容について、室長の網野 舞子さんに話を聞きました。

◆網野 舞子◆
政府開発援助(ODA)事業に従事した後、ロンドン大学衛生熱帯医学校にて修士課程修了。2015年キャンサースキャン入社。その後ソフトバンク株式会社やデロイト トーマツ コンサルティング合同会社にてヘルスケア事業開発等に携わった後、2023年にキャンサースキャンへ再入社。パブリックヘルス室の室長として、アカデミアとの研究事業やサービスのコンテンツ開発を担当している。


エビデンスは後からついてくる

ーー網野さんの経歴を拝見すると、一貫してヘルスケアの分野で仕事を続けていらっしゃいます。社会人になるときから、この業界で働こうと考えていたんですか?

大学を卒業して開発援助の仕事に就いたときには、開発途上国自体に興味があり、保健医療分野への関心はそれほど高くなかったと思います。でも、現場で働くなかで仲間が命を落としたりする厳しい現実に直面したことをきっかけに、人を健康にする仕事を生涯の仕事にしていこうと決めました。

最初に経験したのは、開発途上国における保健医療、特に母子保健分野の開発援助。ケニアに3年ほど駐在して、妊産婦や新生児の健康を改善する事業に携わっていました。現場で仕事をしていると、エビデンスを求めて論文を読んでも、なぜそれが正しいと言えるのか、証明方法が適切なのか確証が持てなかったりして、もどかしさを感じることが何度もあったんです。適切にエビデンスを理解して自分でも証明できるようになりたいと思って、大学院に行くことにしました。

大学院で学んだことのなかには、初めて知るエビデンスもたくさんありました。でも、私がケニアの村や病院で取り組んでいた分野に限って言うと、その内容って現場からしたら当たり前のことばかりだったんです。エビデンスは現場よりも後からついてくるんだなと感心したのをよく覚えています。

特に医療や公衆衛生の分野は、原因と結果の関係を証明するのに数十年以上かかる場合もありますよね。キャンサースキャンでやっている地域保健の領域でも「保健師さんにとっては当たり前だが、まだ証明されていないこと」がいくつもあるでしょう。現場の皆さんのお仕事を支援しながら、同時にそれらをきちんとエビデンスにしていくこと。そのどちらもがキャンサースキャンの使命だなと思っています。

既存事業の守り人であり、サービス開発のリード役でもある

ーー網野さんたちの仕事について、詳しく教えてください。
パブリックヘルス室では「パブリックヘルスの知見にもとづき、健康指標を動かすインターベンションを創出すると共に、全社の科学に忠実な事業推進を支援します」というミッションを掲げています。具体的には、どんなことをしているんですか?

一つ目は、研究開発(R&D)。新規サービスの設計や疫学的な実験をして“サービスの中身をつくる”役割です。二つ目は、サービス内容の科学的根拠を確認したり、作ったりすること。もう少し具体的に言うと、受診勧奨に用いる送付物やWebサイトに掲載される情報の正しさを担保する役割です。

一つ目の“サービスの中身をつくる”というのは、サービス開発にあたって関連するエビデンスを精査するのはもちろん、事業部と一緒に新サービスの概要を考えたのち、コンテンツの仕様を詳しく検討することも含みます。最終的には、大学の先生方や自治体の方たちと一緒にプロトタイプを作成し、実際にそのサービスを使った人が健康になるのか試して証明するんです。

うちのチームが今一番力を入れているのは、食生活改善を促すサービスをつくること。なんらかのメッセージを届けることで受け手が健康になる仕組みをつくるために「誰に」「何を」「どのように」を設計するところから始めました。

「誰に」は対象者。たとえば特定の検査数値を組み合わせて対象者を特定します。「何を」はメッセージに盛り込む内容です。今回は、メタボを改善し脳心血管病を予防する食生活について、既存の事例や関連する研究結果をリサーチしました。そして「どのように」が行動変容の要になる部分。ただ「こういう食材が健康にいいですよ」と正しい事実を伝えるだけでは、なかなか実行に移してもらえないものなんです。どうやったら人々は本当に行動を変えるのかを考えて、伝達方法や媒体、発信頻度などを工夫する必要があります。

この三つを柱としてサービス内容を設計したら、次は実験の段階。ランダム化比較試験を実施し、サービスを提供して食生活改善に取り組んでくれた人と、そうでない人を比較します。最終的に、私たちのサービスを利用した人たちに行動の変化が見られたり、対照群と比較して健診結果がよくなったりしたという結果が得られれば、サービスの効果を証明できたということになります。

ーーキャンサースキャンでのサービス開発には、社内外の知見や公衆衛生の専門知識が欠かせないんですね。

科学的な根拠を担保するために、専門的な知識や情報収集力が求められるのは間違いありません。ただし、私たちが行う実験は、サービス化を前提としたものです。プロジェクトを進める際には、公衆衛生とは関係のない事柄を調べたり、他部署とやり取りして必要な手続きを行ったりもします。

さきほど話した食生活改善のためのサービスではコミュニケーションアプリ「LINE」を使用して配信を行うのですが、同アプリを使ったサービス開発は弊社では初めてのこと。アプリの利用規約やプライバシーポリシーについて、パブリックヘルス室の担当者が社内のDXやセキュリティ、リーガルのチームに相談し、課題をクリアにしていきました。そのときは数か月にわたって、週に何度もミーティングをしましたね。

ーーいわゆる企業の研究職よりも更に、業務の幅が広いように思います。
そうなんですよね。「パブリックヘルス室」という部署名ですが、実験やリサーチだけを任されているわけではなく、プロジェクトリーダーのような実務も多いです。

たとえば実験対象者の抽出作業はデータサイエンス本部に依頼して、デジタルツールを活用するための技術面に関してはDXチームに要望を伝えて実装してもらって… また、共に実証実験を行う自治体職員の皆さんが知る“現場のニーズ”をプロダクトに反映させるためには、何度も足を運んで職員の皆さんと話し合いを重ねる必要があります。このように複数の部署やクライアントと調整をしてプロジェクトをリードするのも、私たちパブリックヘルス室メンバーの仕事です。

BtoG事業のその先へ

ーーパブリックヘルス室の今後の展望を聞かせてください。

まずは前述の食生活改善のためのサービス開発・運用を続けていきたいですね。食事を変えるというのは、生活習慣の一部を変えるということ。習慣を継続的に変えるためのサービスを提供するのは、キャンサースキャンとして初めての取り組みなんです。

基幹事業の健診受診率向上事業は、クライアントである保険者の取り組みを支援する形式です。一方、この新サービスでは私たちが直接・継続的に対象者に働きかけることができます。こういった、エンドユーザーと密接にかかわるサービスを、これからも生み出していきたいと考えています。

ーー生活習慣の改善支援をBtoCで実現するにあたって、課題となるのはどんなところでしょうか。

日本の保健医療の仕組みゆえの難しさが挙げられると思います。医療は国民皆保険制度の枠組みの中で提供され、保健事業は自治体が公的サービスとして提供していますよね。それゆえ一般消費者と民間のヘルスケアサービスとの接点がすごく少ないんです。医療制度の違う国々と比べたときに国内の市場が小さいというのは、ビジネス上の課題の一つだと言えます。

それでも、日本全体を見渡してみると、保険外診療や民間のヘルスケアサービスは徐々に普及してきています。消費者側も、会費を払ってジムに通う、健康管理のアプリをサブスクリプションで利用する等、ヘルスケアのためにお金を使う人が増えてきていますよね。アメリカなどを追う形で、この流れはさらに加速するのではないでしょうか。

ーーこれから、既存の受診勧奨だけでなく新しいサービス開発に挑戦するパブリックヘルス室ですが、どんな人が仲間になってくれたら嬉しいですか?

「本当に人を健康にしたいと思っている人」に尽きますね。公衆衛生の分野では、何が正しいかを示して終わりという仕事も少なくありません。でも私たちの仕事では、対象者が行動変容を起こすところまで実現しないと意味がないんです。人が健康になると分かっている手法であっても、それにお金を支払う人がいて、ユーザーが使い続けてくれなければ、真に人を健康にすることはできません。

そういった意味で、本当に人々に届いて変化を生み出すヘルスケアサービスをつくりたい! というパッションがあると、それが日々の仕事の原動力になってくれると思います。また、プロジェクトを取り仕切る立場でもありますので、そういった思いのある人はまわりの人を巻き込むことができ、結果的に活躍していただけると思います。

この会社は「がん検診を受けた人ほど長く生きられると分かっているのに、なぜ受けないんだろう?」「どうすれば受診という行動を起こしてもらえるだろうか」という福吉さんの問いから始まりました。私も「全ての人に健康に生きる選択肢が与えられている社会」を実現したいという思いがあります。また、その選択肢を選ぶ人が一人でも増えてほしいと願い、この仕事を続けています。

私たちの仕事は、唯一の解があるとは言い切れないテーマに挑戦し続けることであり、決して簡単ではありません。それでも、この記事を読んで少しでも共感する点があった方、前例のない課題解決にも積極的に挑戦したいという方、そして人と社会を健康にしたいと思う方がいれば、ぜひ一度お話させていただけたら嬉しいです。

(話し手:網野舞子、聞き手・執筆:山田晴香、協力:余座大樹)


キャンサースキャンでは、ともに「人と社会を健康に」というミッションを、より大きな規模で実現し、社会的インパクトを出していくための仲間を募集しています!


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