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お芝居


不幸とは約束だった。病を抱えるひとは優しい。そう錯覚し、恋に落ちた。池に落ちた、鯉になった。餌を与えられ、ふくふく育った。恐れはかたちを変えた願望。本当の望みは必ず叶う。不幸と両思いだったので、幸せとは付き合えなかった。けれどある日、幸せが降ってきた。きらきら、からだに模様をつけた。不幸は嫉妬深いので、幾重にも痛め付けられた。真っ赤になった、わたしは薔薇になった。棘が指を刺すので、誰も触れない。そんなわたしを不幸はうつくしいと云った。わたしはますます色鮮やかになった。あるとき、風が香りを運んできたので、驚いて身震いした。わたしのほかにも花があるなんて。それもとってもいい香り。わたしはうつくしさを疑った。優しさに不信を抱き、距離を置いた。窓を開け放った、すると幸せが吹き込んで、髪をさらっていった、艶やかな黒が一面に散らばった、わたしはアスファルトになった。踏まれ、傷つき、汚れた。石で子どもが落書きする、わたしは家になった。おかえりなさい、とお母さんのフリした怪物が云う。ただいま、と子どもの仮面を外す。わたしはむかし透明だった。お姫様にも、魔法使いにも、何にでもなれた。ただひとつ、悪魔にだけはなりたくなかった、その思いが悪魔だった。優しさは蜘蛛みたいに巣食っていた。あなたはただの蝶だった。はばたきが、世界を塗りかえた。部屋の模様がえみたい、着せかえ人形は操られて踊る、蜘蛛の糸、救われたかったのだ。掬われてしまったのだ。

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