見出し画像

ムーンリバー🌕チキンレース

今夜、三百年に一度のチキンレースが開催される。
村はずれの崖に向かって二台の車が突っ込むのだ。
三百年に一度の狼月、狼の刻にのみ、崖の正面に浮かぶ満月が海面に映し出す光の道《ムーンリバー》は《月世界》へと繋がり、レースの勝者のみが海上を走り抜けてそこへ導かれるという。《月世界》に辿り着いた者は、すべての願いが叶えられ、幸せになると言い伝えられている。
《ムーンリバー》を渡れるのは、先に崖から飛び出した勝者のみ。
伝説を信じて突っ込むか、怯んでブレーキを踏んだり車から飛び出して臆病者となるか、突っ込んでも遅れを取れば海は渡れず崖から真っ逆さまに落ちて死ぬ。しかしこの村で臆病者として生きていくのは死ぬより辛いことだった。

レースに出る二人は村伝統の儀式により神官から選ばれ、断ることはできない。今夜選ばれたのは、カイとシンという二人の若者、恋人同士だった。

二人は選ばれてからというもの毎日毎晩話し合いを、言い争いを重ねてきた。
二人とも生きて恥を晒すことはできない。俺がブレーキを踏む、お前は駆け抜けて幸せになれ。と、お互いに言い合って譲らなかった。


今、スタートラインで二台の車は激しくエンジンを吹かしている。
カイとシンは目を合わせた。
狼の刻。
スタートの旗が振られ、二台の車は一斉に飛び出した。
轟音とともに土埃を巻き上げ二台ともあっという間に崖へと突っ込んだ。
二台同時、いやカイの方が一瞬早かった。
村人たちは崖っぷちに駆け寄り、シンの車が落下して、波間に沈んでいくのを見た。
そして、カイの車が満月の光の道《ムーンリバー》を駆け抜け、水平線で消えるのを見た。

シンの車はすぐに引き上げられたが、運転席にシンの姿はなかった。
村人たちは周辺海域をくまなく捜索したが、ついにシンは見つからなかった。





NNさんのこちらの企画に参加させていただきました。


三羽 烏さんのこちらの企画にも参加させていただきます。


#ムーンリバー
#itioshi

この記事が参加している募集

私の作品紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?