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しきから聞いた話 108 狐の珠探し

「狐の珠探し」

 町で用事を済ませた帰り道に、昔馴染みの顔を、見に行くことにした。

 もうずいぶん前に山をおりて、町で葬儀屋をしている狐で、近頃は仲間の面倒まで見るようになり、ひとともうまくやっているらしい。

 事務所の扉を開けて声をかけると、中にいたのは、こちらも顔馴染みの中年女だけだった。

「あら、珍しい。社長なら、お稲荷さんにいますよ」

 礼を言って、外へ出た。女の正体は狸で、少し垂れた目に愛嬌がある。
 ここでお稲荷さんと言ったら、山の方へ少し上がったところの祠だ。
 狐がとても大切にしている、親のようなものだ。

 木陰の道をのんびり歩いていくと、遠目にもすぐそれとわかる、痩身の狐の姿が見えた。
 どうも、祠の脇の川に入っているらしい。
 近付いていくと、狐がこちらに気付いて声を上げた。

「やあ、久しぶり」

 この暑さで水浴びかと笑ってみせると、狐は大袈裟に溜め息をついて、すぐ近くで、やはり水の中に立つ小男を指さした。

「とんでもない。こいつがさぁ、やらかしてくれたから」

 狐は「よっこらしょ」と掛け声をかけて水から上がると、稲荷の祠の手前に置かれた、石の腰かけに腰を下ろした。こちらにも、座れと身振りする。

 ここは、狐が何年もかけて、小さな公園のように整備をした。
 水際には水神の祠もあり、以前に来たときよりは、川幅がずいぶんと広くなっている。

「そう。ここを広げて、そっちを堰き止めると、いけすになるようにしたんだ。春にできたんだよ」

 ここで来週、祭がある。そのとき、いけすで子供達を遊ばせるのだという。

「碁石を撒いておくのさ。それを拾った数だけ、菓子と交換。面白いだろ」

 こういう話をするとき、狐は本当に楽しそうに笑う。

「ところがこいつ、碁石じゃなくて、俺が集めた別の石を撒きやがったのさ」

 あごをしゃくって、脇に立つ小男をにらみつける。

 この男は、初めて見る顔だ。問う眼差しに、狐が答える。

「最近、うちに手伝いに来てる、イタチだよ」

 イタチは肩をすぼめて、ぺこりと頭を下げた。

「まあ、仕方ない。こいつは碁石なんて何だか知るはずないんだし、それを忘れて、俺はちゃんと教えなかったんだし」

 狐は左右に小さく首を振りふり、ゆるりと立ち上がる。

「さて、さっさと集めようか」

 イタチも後について動き出す。
 狐が集めていた、別の石というと、

「うん。これから磨いて、珠にするのとか、育ちかけ、作りかけ。水晶、瑪瑙、その他いろいろ。案外、集めるのたいへんだったんだよね」

 溜め息まじりに、ざぶざぶと水に入ってゆく。深さはひざよりも浅いくらいだが、流れのある水なので、形が一定の碁石と違って、見つけるのは難儀だろう。

「でもほら、こういうところで手を抜くと、さ」

 ちらりと祠を見て、肩をすくめた。
 少々、いじめてやりたくなった。

 お前の大切な宝珠の材だ。いつも世話になっているお返しに、すぐに見つかるよう術をかけてやろうか。

 狐はぎゅうっと身をすくめて、小さく「やめてっ」と叫んだ。

 親神さまに、叱られる。

 こういう間違い、苦労、厄介事は、定期的にやって来て、きちんと向き合わなければならない。それに気付かなかったり、いい加減にやり過ごしていると、生き方までを変えなければならなくなる。

「俺、最近、宝珠磨きをさぼってたの。だからなんだ。わかってるんだよ」

 珍しくしおれた様子の狐に、これ以上はしないでおこう。

 まだ、午後の暑さが厳しい。
 一緒に川へ入り、石探しを手伝うことにした。

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