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抜擢論

芸能界を引退した島田紳介氏は芸人としてもピカイチだったが、プロデューサーとしても数々の実績を残している。
その著書の中で、彼はこんなことを書いている。

「自分が冒険するわけじゃない。みんなを冒険の扉まで連れて行くのが自分の仕事だ」

「人の成長変化度を予測するのは不可能に近い。大化けしても、期待値を外してもキャスティングした側の責任である。
ただひとつ言えるのは、やらせてみなければ奇跡は起こらないし、孝行息子も出てこないのは確かだ。
そして、その機会に乗っかれるか、つかめるかはキャスティングされる側のセンスが問われる。断る理由は山ほどあるのだから」

これこそプロデューサーの抜擢論だと思う。

私が2000年に設立した映画制作会社IMJエンタテインメント(現C&Iエンタテインメント)は、当時ポニーキャニオンに在籍していた久保田修を引き込んだことがスタート。

『私をスキーに連れてって』『彼女が水着にきがえたら』『波の数だけ抱きしめて』『Love Letter』『スワロウテイル』『らせん』『リング』など数々の話題映画をプロデュースした河合真也さん(元フジテレビジョン)の下で久保田修はアシスタントプロデューサーをしていた。

実質的な現場仕事は久保田修がかなり仕切っていたのだが、社会的にはヒットメーカーの影に隠れた存在だったので、「早くメジャーなプロデューサーになりたい」というエネルギー量がとても大きかった。そして何より契約事務にも強かったので、IMJで映画事業を立ち上げるなら彼しかいないと思っていた。

ポニーキャニオンとの契約満了に伴い、IMJに転職してもらい、新設の映像事業部マネジャーに据える。IMJ本業のウェブ制作チームから見たら「何を始めるんだ?」「いきなりマネジャー?」という奇異な視線に晒されたのは事実。
映画制作は企画開始してから作品が完成し、収益をあげるまで時間がかかる。その間はキャッシュが出て行くばかりなので、僕も久保田修も内心穏やかではない。

一作目の大谷健太郎監督「とらばいゆ」は評価されたものの、低予算作品ゆえ興行成績はそこそこ。
2作目のSABU監督「DRIVE」もリクープするのがやっとの状態。
そして運命の3作目は、2003年1月18日に公開された草彅剛主演、塩田明彦監督『黄泉がえり』。
当初の公開期間は3週間の予定だったが、口コミで広まり異例の動員を記録。ムーブオーバーし、最終的に3か月以上のロングラン大ヒットとなり、興行収入は30.7億円を記録した。
この時、「映画制作をやりたいだけで経営とかやりたくないし、得意じゃない」と言い張る久保田修を説得し、映像事業部を分社し、取締役に就任させた。

そして設立から21年経った2021年、C&Iエンタテインメントは濱口竜介監督と村上春樹の短編小説『ドライブ・マイ・カー』を映画化し、第74回カンヌ国際映画賞で日本映画初となる脚本賞を含む3部門を受賞。
さらに、第94回アカデミー賞で作品賞・脚色賞を含む4部門でノミネートされ、国際長編映画賞を受賞した。

今やもう、久保田修は映画業界で指折りのプロデューサーであるとともに、立派な経営者だ。

僕は彼を冒険の扉まで連れて行ったとは思うが、
それを見事につかみ、大化けし、結果を残したのは
ひとえに久保田修の才能と努力の賜物だろう。

それなりの権力とお金を持っているプロデューサーがやるべき事は、これから世に出てくる才能に賭ける事、チャンスを提供する事、無理やりでも打席に立たせる事ではないだろうか。

もちろん失敗はあるし、その責任はプロデューサーがとる覚悟で抜擢しなければ意味がない。
この抜擢の数こそプロデューサーの力だと僕は思う。

楽しんでもらえる、ちょっとした生きるヒントになる、新しいスタイルを試してみる、そんな記事をこれからも書いていきたいと思っています。景色を楽しみながら歩くサポーターだい募集です!よろしくお願いします!