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新潟の風俗店に行った

 2020年の夏のことだから、あれはまだコロナ禍じゃなかった、と思ったけど全然コロナ禍の出来事だった。不謹慎ながらその夏、俺は風俗店に行った。本当に申し訳ない。

 その頃の俺といえばやたらめったら暇で、それでいて結構お金があった。半年だけ勤めたブラック企業を退職して、次の仕事が始まるまで1ヶ月ぐらいあったのだ。人生において「お金があって暇な時期」というのは普通はなかなか無いものだ。勤め人であればマジな話、転職のタイミングぐらいしか無いかもしれない。一度でも転職をすると勤めている会社にそこまで重大な不満がなくても転職をしたくなる現象は、この「お金があって暇な時期」が楽しすぎることに原因がある気がしてならない。

 そういうことで超暇だった。毎日好きな時間に寝て、好きな時間に起きる。気が向いたら飯を食って、気が向いたら遊びに行く。お金の心配も全然無かった。給料は結構高いタイプのブラック企業だったのだ。次の仕事も決まってるから、全部使い果たしてしまっても問題無い。このときの俺に不満があるとすれば「暇すぎる」ということぐらいだった。

 そう、暇すぎた。改めてしがないサラリーマンを毎日元気にやっている今となっては信じられないことだが、こうした最高の生活というのは一週間もすれば飽きてくる。アラブの石油王とかも同じ気持ちだと思うが彼らには同情を禁じ得ない。毎日憂鬱で出勤のたびに嫌な動悸がしていたブラック企業勤務時代がちょっぴり懐かしく、それでいて甘美なぐらいに思えてくるのだ。あれはあれで「良い動悸」だったかもな、とか思ってみたり、あんなにボコボコにしたかったパワハラ上司が「それも良い思い出…」になってきたりする。どの会社も毎年一回ぐらいは強制的に一週間以上の休暇を与えた方が良いと思う。パワハラ上司もボコボコにされずに済むんだから悪い話じゃないだろう。

 それでなんとなく車でどっかに行ってみることにした。別に帰ってくる必要も無いんだから行き先も日程も決めなかった。行きたいところに行って、見たいものを見て、飽きたら帰ってくる。そういう旅にしようと思った。

 朝5時、昼夜逆転した俺は寝ずにそのまま出ることにした。ここで寝てしまったら起きる頃には夜だから、どうせまた何もやることなく朝を迎えるだけなのだ。それだったら今日出発してしまったほうがいい。

 出発地は当時住んでいた埼玉県の大宮という街で、そこからあてどなく走り出した。目的地を決めないで道中気になったところに寄る、というスタイルの旅だから、高速道路の使用だけは禁止にした。ルールはそれだけ。大宮から川越、東松山、深谷とコンビニに寄ったり、また別のコンビニに寄ったりしながら走った。朝早すぎてコンビニぐらいしか開いてなかった。

 群馬に入るとちょうど小中学生が登校する時間だった。彼らとは対照的に圧倒的に暇な俺は、爆音でアニソンをかけながら安中の厳つい工場群を眺めたり、横川で峠の釜飯を食ったりした。偶然だが子供の頃、親父の運転するトラックの助手席に乗って、真夜中に通り過ぎたことのある道だった。懐かしさも相まって気分は最高潮だ。
 碓氷峠を軽井沢に抜けて、横目に浅間山を眺めつつ佐久から小諸、上田へ。上田では中学生の頃に親父に連れて行ってもらった異常に美味い蕎麦屋に行った。相変わらず美味かった。思わず大将にちょっと思い出話をふっかけてみたりした。

 そのあとはなんか温泉に寄ったり、教科書で見たことのある「野尻湖」という湖をジロジロ見てみたりしたのだが、ぶっちゃけあんまり記憶に無い。バッティングセンターに行ったような気がする。バッティングセンターの近くにある新潟の上越市というところに到達した。

 もう陽が落ちかけていたから時間は大体19時ぐらいだったと思う。半日以上車で走り続けて埼玉から新潟まで辿りついたのだ。この時点でへとへとだったから上越市で宿を取ろうと思ったのだが、それにしてもムラムラする。俺の特徴なのだが、長いこと座っていると異常なほどムラムラするのだ。大体の数字で表すと、このとき性欲が3000を超えていた。3000というのはブルーアイズ・ホワイト・ドラゴンぐらいの性欲だ。これはとんでもないことだ。

 俺のもう一つの特徴として風俗店はソープランドにしか行かないという点がある。他の形態の風俗店では本番がデフォルトでセットではないというのが最大の理由だ。せっかくお金を払っているのにいざ本番を実施しようというときに更なるチップと交渉が必要というのはやめてほしい。増税ぐらいやめてほしい。だから俺はソープランドにしか行かない。もしも無人島にソープランドとデリヘルしか無かったら、なけなしのココナッツをいくつか生贄にしてもソープランドを選ぶだろう。無人島では水分と糖分は必須の栄養素であるのにもかかわらず。それが俺のやり方。俺のヒップホップだ。

 それでシティ・ヘヴン・ネットを見た。上越市にはデリヘルしか無いことが発覚した。「ソープランド」というのは結構レアな風俗店だというのはよく知られた事実だ。県によっては一軒も無いこともあるし、有っても一軒か二軒というのが普通なのだ。新潟の場合、俺の求めるそれは、新潟市に二軒あるのみだった。

 最もまずいのは閉店時間だった。シティ・ヘヴン・ネットで写メ日記とかサンプル動画とかを満面の笑顔で眺めているうちに、時間は19時半に差し掛かろうとしていた。新潟のお店は21時半までには入店しなければならなかったのだが、上越市から新潟市までは200km以上ある。新潟県はものすごく広いのだ。この旅のルールはひとつだけ。高速道路を使わないこと。高速道路を使わずに時速100km以上で移動するのは俺が「音」にでもならなければ無理だ。通常、人間は「音」になることができない。

 選択肢は3つあった。
 プランA:上越市に車を停め、特急に乗って新潟市へ行く。
 プランB:上越市に車を停め、特急に乗って大宮へ戻り、翌日の朝上越市に帰って来る。
 プランC:緊急時につき特別ルールを適用し、今回のみ高速道路の使用を許可する。

 他にも長野に戻るなどの選択肢も浮かんだが、なんと長野県には一軒もソープランドが存在しないことが発覚した。長野市や松本市でさえも。いったい長野県民は長時間のドライブで溜まった性欲をどこで発散しているのか、謎は深まるばかりだ。

 プランAは微妙に間に合わないことが発覚したため残念ながら却下になった。残るはプランBかプランCだが、皆さん聞いたことがあるだろうか、「新潟の女の子はとても可愛い」という噂を。
 日照時間の短い日本海側の都市では美人がたくさんいるとする説がある。それと関係があるかどうかはわからないが、新潟県の女子高生が全国で最もスカートが短いのだそうだ。それからおっぱいも大きいらしい。なんで? おっぱいとスカートが日照時間と関係があるのかどうか、謎は深まるばかりだが、それにしても何にしても、俺は新潟の女の子と遊んでみたかった。「大宮に戻る」とするプランBは却下となった。

 脳内の国会は紛糾していた。いかに性欲がみなぎっているからといって、今回のようにホイホイと特別ルールを採用していては立憲主義の根幹が揺らぐ。脳内野党の党首はそう強弁した。一方、憲法改正を主張する超党派議員連盟は数の暴力によってその主張を一蹴し、国民投票の実施を主張した。数秒の間に脳内では未曾有の政治劇が繰り広げられたのだ。
 結果は言うまでもなく、プランCが採用された。国民の全会一致だった。俺は上越インターから新潟県を横断する高速に飛び乗った。これで間に合わなければ目も当てられない。法定速度100km/hを遵守しながら200kmの距離を2時間弱で走り抜けなくてはならない。物理法則を超越できるか否かがカギとなってくる。

 俺の2009年式トヨタ・ラクティスはうなりを上げた。エンジンはチンチンに熱くなり、車体は空間を切り裂く。タイヤは焼け付く匂いをはるか後方に置き去りにし、エキゾーストサウンドは越後平野をコンサート会場に変えた。新潟の夜が燃えた。

 実際にどれくらいのスピードで走っていたかは今となってはわからない。時速100kmが最高速度の道路を200km走るのに要する時間はちょうど2時間のはずだったが、実際にかかった時間は1時間半だった。物理学の常識が覆されたのだ。まさにE=MC^2。量子力学というやつを勉強したら、この不思議な結果がどういうことか分かるのだろう。

 21時を少し過ぎる頃、新潟のソープランドの横にあるコインパーキングに車を停めた俺は、さっそく予約の電話をした。シティ・ヘヴン・ネットでチェックした目当ての子はちょうど空いていて、すぐに予約を取ることができた。90分のコースだ。

 いつも俺は90分のコースを予約する。大体60分ぐらいで全ての力を使い果たしてスーパーサイヤ人タイムは終了するのだが、残り30分で何をするかというと、俺の一軍のエピソードトークを1番バッターから順に披露していくのだ。向こうも仕事だから全力で話を聞いてリアクションしてくれるし、俺は気分よく漫談を繰り広げて最高に気分が良い。身も心もリフレッシュして90分を最大限楽しむのが俺のやり方。俺のヒップホップだ。

 出てきた女性は想像とは結構違って、多分俺より年上だった。当時俺は29歳だったが、相手は大体32ぐらいの雰囲気だった。この辺はよくわからない部分なのだが、風俗店では嬢の年齢は公開されている。今回の嬢も公開された情報によると23歳とかだった気がするのだが、経験的には「23歳は23歳ではない」のが一般的だ。これは20〜22歳も同様で、それぞれ大体の対応する数字が決まっている気がする。
20→20、21
21→22、23、24、25
22→26、27、28、29、30
23→31以上
イメージはこんな感じだが、謎は深まるばかりだ。

 まあ恋愛に年齢は無関係だ。このあと俺はこの女性と法律上は恋に落ちることになっているが、別にそれは相手が何歳だろうとかまわない。
 それと、想像では新潟のピカピカの美人が来ると思っていたが、それもアテが外れた。見た感じは「友達のお母さん」みたいな感じだった。でもそれも大いに結構。友達のお母さんだってそれはそれで良いじゃない。楽しんじゃえば良いじゃない。脳内山本太郎がそう言っている。ペタジーニだって大きく頷いてくれるだろう。

 想像との違いを持ち前のラテンのリズムでなんとか乗り越えた俺だったが、どうしても乗り越えられなかった点がある。それは全く話が噛み合わないところだった。
 お楽しみタイムはそれなりにお楽しみさせてもらえたのだが、ちょっと休憩になったりして話をすると、どうもうまく伝わらない。そうこうしているうちに残り30分になって、恒例の俺の独演会のコーナーがきた時にそれは大きな溝となって現れた。俺の渾身のエピソード達が全く通用しないのだ。我がチームの不動のリードオフマン「キャベツを燃やした話」がウケない。「週刊少年ジャンプを吸った話」がウケない。「おしっこを漏らした話」がウケない。「納豆がもっと腐った話」がウケない。
 どれもこれもウケない。こんなこと初めてだった。

 例えば「ラテンのリズム」と言った時に、具体的にどんなリズムか知らなくても別に気にしないで受け流すだろう。それが「ラテンって何??」となってしまう。「納豆がもっと腐った話」は納豆が元々腐っているという前提が重要な話だが、「へぇ〜、納豆って腐ってたんだ」となってしまう。大変なことになった。手も足も出ない。このままでは30分お互いに壁を見つめながら物思いにふける時間になってしまう。

 それで世間話をすることにした。なんなら相手にメインで喋ってもらってこっちのリアクションで楽しんでもらおうという作戦に変更した。いくつか質問をして、そこそこに喋って、楽しい対談になった。それでなんとなくお互いに今日あったことの話でもしようとなった。今日どうして俺がここに来たのか。そんな話だ。

 「俺どうしても新潟の子と遊んでみたかったんだよね」
 「そうなんだ」
 「なんか美人が多いって聞くじゃん」
 「たしかに聞いたことあるかも」
 「日照時間が短いらしくて色白の子が多いんだって」
 「日照時間……?」

 日照時間という言葉は俺のミスだった。

 「地元この辺なの?」
 「ん〜ん、この辺じゃないよ」
 「へえ、そしたら長野とか?」
 「私、地元埼玉なんだぁ」
 「え、そうなんだ!俺も埼玉。なんなら今日大宮から来たんだよ」
 「そうなの!?私も今日、上越新幹線で大宮から来た!」

 新潟の子じゃねえのかよ!
 なんと朝の時点ではお互いに大宮にいたことが発覚した。大宮で会えばよかった二人が、夜の新潟でたまたま遭遇しただけだったのだ。まあ、もし大宮ですれ違っていてもお互いに目も合わせることなく通り過ぎていただけだっただろうけど。
 そういう意味では偶然の神様に感謝するべきなのかもしれない。大宮では知り合うはずもなかった我々が新潟の夜だからこそ知り合うことになったのだ。知り合うと言っても、その時だけの関係で、また大宮に戻ったら他人同士なわけだが。

 かくして、新潟の夜はふけていった。新潟は大きな川の両岸にビルが立ち並ぶ綺麗な街だ。川の水面にオレンジの街灯の明かりが乱反射して、キラキラと夜を明るくする。20代最後の夏の思い出はこの新潟に始まり、そのあとこの旅は一週間続いた。東北地方を全県制覇してから、大宮の我が家に戻った。

 今となっては良い思い出である。

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