幼稚園の遊具の話

 実家帰ってもすることが無いので、近年は一人暮らしの家に盆も正月も籠城するんだが、こっちはこっちで何もすることが無いことに愕然としている。

 いつも通りVtuberの配信を流しながら、とっくにクリアしたゲームのクリア後の世界をうろうろ徘徊する。「GTA5」という10年前のゲームで、スピード違反してる車を爆破したり、煽り運転してる奴を殺したりしている。「GTA」はよく「人殺しゲーム」と揶揄されるが、人殺しゲームだ。というかゲーム内で他の人と関わる方法が「殴る」か「轢く」か「殺す」しか存在しないから、俺は無邪気に遊んでるつもりでも相手が勝手に死んでしまうのだ。山奥にいる心優しい大巨人みたいな気持ちだ。

 Vtuberの配信を聴きながらゲームしていると、たまに配信者さんが可愛いものを紹介して「可愛い〜❤️」とか言ったりしている。そのたびに俺は心の中で「お前より??」「お前の方が可愛いけども」と唱えながらゲームを続ける。キモし。自分でも匂ってくるぐらいキモい。
 エヴァの旧劇のラストでシンジくんの横に俺がいたらよかったな。
 「気持ちわr……、あ、もっと気持ち悪いやついる。シンジちょっとあんたの横、もっと気持ち悪いやついる」ってなってたらきっと人類補完計画ももう少し順調だったろうな。ストーリー覚えてないけど。

 2024年は令和6年。これは誰に言っても共感を得られないんだが、俺は「平成13年」からこっち、ずっとしっくりきていない。「平成12年」まではしっくりきていた。「平成12年」までは「そのとおりだ」「まさにそうだ」と思って接していたんだが、「平成13年」からは「そうだろうか?」「違うんじゃないか」と思う。そして慣れきらないうちに次の年に移ってしまうのだ。

 これに唯一共感を示してくれたのは2歳下の後輩で、「僕は平成15年からしっくりきてないです」と教えてくれた。俺は平成3年生まれで彼は平成5年だから、「10歳以降は元号にしっくりこなくなる」という仮説を立てているが謎は深まるばかりだ。

 小さい頃、俺は高所恐怖症で、観覧車とかそういうのは絶対に乗れなかった。2階ぐらいの高さでも怖くて、高いところに登るとよく「下を見たらダメだ」と言われるものだが、高所恐怖症は上を見る方が怖いのだ。家の2階の窓べりに立ち、窓を開けて上を見上げると、巨大な「恐怖の塊」みたいなものが背中を圧してきて、そのまま外にぐるんと落っこちてしまう想像が頭を支配していたのを覚えている。

 観覧車でもゴンドラのドアの隙間から「ずるりん」と身体が抜け出て落っこちてしまう想像が頭の中を支配した。とにかく「隙間」がダメで、物理的に身体が通らないような隙間でもそこからすっぽ抜けて落っこちてしまうような気持ちになるのだ。だから完全に密閉されているような空間だったら大丈夫だった。ビルとかは怖くないのだ。窓が開いてると急に怖くなる。

 千葉の南房総の砂浜に、階段をたくさん集めたみたいなオブジェがあって、30mぐらいの高さだっただろうか、とにかく階段と踊り場だけで作った展望台みたいなやつだ。小学生の頃に家族旅行で行った。
 途中まではまったく怖がらず軽快なリズムで登れたのだが、ある高さに達した瞬間、急に体が固まってそれ以上一歩も上に登れなくなった。少しずつだんだん怖くなっていくんじゃないんだ。大丈夫、大丈夫→無理! に急に切り替わる感覚は自分でも意外だった。

 幼稚園の頃、園の庭にロケットの形の遊具があった。鉄格子でロケットの形を作って、床は滑り止めの付いた鉄板だった。3階建て、というか3層になっていて、中はハシゴを使って登ったり降りたりする。高さはせいぜい10mぐらいだっただろうか。

 俺は2階まではまったく苦もなく行けるんだが、3階に続くハシゴを登って床から顔を出したところまでが限界だった。そこから先は怖くて行けない。だが高所恐怖症のことは誰にも言っていなかった。「高いところが怖い」というのがどうしても恥ずかしくて言い出せなかったのだ。

 よく遊んでいる友人たちもそんなことはつゆ知らず、たまに「休み時間になったらロケットの3階で集合!」という場面があったりする。そんなとき俺はいつも、用事を思い出したフリをしたり、別の友達を捕まえてブランコで遊んだり、とにかく3階に行く場面になったらしれっと逃げていた。

 あるとき、俺の所属していた年長さんのクラス「きく組」が騒然としていたことがあった。ある1人の子がみんなにからかわれている。どうしたの? と聞くと、その子が「高いところが怖くてロケットの3階に登れない」ということがみんなにバレたということがわかった。
 みんな口々に「だっせぇ!」とか「怖いでちゅ〜」とか言ってその子を馬鹿にしている。俺はそれを見て心底恐ろしくなった。高いところが怖いだけでこんな目に遭うのかよ。俺はバレるわけにはいかない。

 俺はその輪に加わらずに無視することもできた。あるいは正義感があれば「やめなよ!」と言って騒ぎを止めることもできた。いや、「オレも実は3階が怖い」と助太刀することもできたかもしれない。でも俺が採ったのは最悪の選択肢だった。みんなと一緒になって、その子をからかったのだ。「3階に登れないなんてだっせぇなあ!」

 これで俺は「俺も3階が怖い」ということは死んでも言えなくなってしまった。ただ怖いだけじゃなくて、怖いって言ってる子をからかってしまったのだ。かっこわるすぎる。卒園まで隠し通すしかなくなった。

 卒園式の日、幼稚園児にも関わらずみんなちょっとおセンチになっていた。俺の幼稚園は、ほぼ全員が近隣の「D小学校」と「N小学校」に分かれて進学する。こっちは「N小」だったから、「D小」のメンバーとは中学までお別れになる。

 ある1人のやつが、「できなかったことを今日できるようになろう」とか言い出した。逆上がりができなかった子は逆上がりを、側転ができなかった子は側転を、みんなで協力してできるようになってから卒園しようという企画だ。

 俺は逆上がりも側転もできなかったが、なんとなくそこはまあ「出来る感」というか、「いや、まあ、余裕で」みたいな空気を出して、みんなを応援する側にしれっと回った。逆上がりや側転はいきなりできるようにはならないが、みんなで支えてあげて形だけできたようにする。できたら拍手喝采で暖かいムードだ。

 そんな中、「ロケットの3階に登れなかったやつがいたな!」というのを誰かが言い出した。みんなで応援するから3階まで登ってからお別れだ、ということで「あの子が3階まで登る」というのがその日のメインイベントになった。

 「正直実は3階まで行けなかったって人〜?」

 他にもいたら手を挙げろ、今日は全員が3階に登ってお別れだ。と、誰かが他のメンバーも募りだした。何人かが恥ずかしそうに手を挙げた。俺は挙げなかった。そんなときでもプライドが邪魔したのだ。

 みんなで庭に出る。ロケットの遊具に向かって、高所恐怖症の数人を先頭に大名行列だ。「がんばれがんばれ!」「落ちても俺たちが支えるから!」「こわくないこわくない!」。みんなで応援する。先に3階に登ってゴールを見守る奴もいる。下から応援する奴もいる。かなり苦労したが、最後は手を挙げた全員が3階に登って、みんなで拍手喝采を贈って大団円を迎えた。

 俺はずっとその様子を、下から眺めていることしかできなかった。

 実家のすぐ近く、当時はすごく遠く感じたがせいぜい500mぐらいだろうか、俺の通っていた幼稚園は今もまだある。名前も変わってない。先生はもう誰も残っていないだろう。もう25年以上前だ。

 園庭では後輩たちが元気に遊んでいる。地元の子供達を見ると不思議と「後輩感」がある。俺の後輩がランドセル背負ってるなあ、とか、俺の後輩が自転車に乗ってるなあと思う。同じ景色を見て育つのだ。埼玉の片隅の街の景色は昔からほとんど変わらない。

 あのロケットの遊具はもう随分前に撤去されたみたいだ。俺の頃には無かった超おもしろそうな遊具がてんこ盛りの、華やかな園庭になっている。

 俺はもう高いところは怖くない。上司とかリボ払いとかの方が圧倒的に怖い。観覧車にも乗れるし、山に登って崖みたいなところにも苦もなく行ける。高所恐怖症はいつの間にか治っていた。治ることあるんだな。

 だけどあのとき登れなかったロケットの遊具にはもう一生登ることはできないんだ、と、もうあの遊具が撤去された幼稚園に近づくたびにしみじみ思う。別にいいっちゃいいんだが、あのとき一応登っとけばなあ、ってちょっとだけ心残りなのだ。その後の人生は何も変わらんだろうけど、なんとなくさ。

 出来ないことや困ってること、悩んでいることなどは、自分では解決できないから悩むんであって、抱え込んでても解決されることはないんだが、なんとなく恥ずかしかったり、言い出せなかったりで、ひとりで抱え込んで辛い思いをすることはよくある。

 言い出してみると、周りが幼稚園児でもない限りはからかわれたりはしないものだ。誰かが解決策を知っていたり、解決のために手を貸してくれたりすることもある。いつもそうやって思うんだが、自分ではなかなか、大体なんでもひとりで抱え込んでしまう。

 来年は、そういう意味では、なんか困ったらすぐ人に言う人間になりたい。そしたら幼稚園児の頃の俺に自慢できるだろう。「今の俺は言えるぜ。かっこいいだろ」
 「すぐ言う」を来年の抱負にしよう。

 というわけでみなさん、良いお年をお迎えください。少なくとも俺は今やってるnoteが楽しいのでステキな2023年でした。読んでくださった方、スキ、コメントしてくださった方、いつもすごく嬉しいです。ありがとうございます。

 ではまた来年お会いしましょう。

 またね!

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