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読書メモ「教示の不在」(教えない教育)

「教示の不在――カメルーン狩猟採集社会における「教えない教育」」
園田浩司

教育学を研究されている先生が
「アフリカに教えるという概念がない部族がいるそうで、今度、アフリカにフィールドワークに行くんだ。」とコロナ前に話されていたのをふと思い出し、そのとき聞いた研究者のお名前を手掛かりに探したのが本書。

教示の不在とは

タイトルにある「教示の不在」という言葉は本書で初めて聞いた。
「教示者が学習者の学習を達成させるために、<意図的>に教えない振る舞い」を教示の不在というそうで、例えば職人さんの世界は「見て覚えよ」「技は見て盗む」等といわれるが、徒弟制はそれにあたると言われている。

子どもの自律を促す方法

教育学等の先行研究では、教示の不在は「子どもが自律を育むことができるよう、子どもに行為や思考を無理に強制しないためである。」「教えていないが、そのことによって子どもの自律を促している」というものだといわれているそうだ。(知らなかった…)

それに対して、本書の著者である園田氏は、「教示の不在は、子どもの自律を促す教育技法なのだろうか。」という疑問を持ち、アフリカで調査研究をした。

狩猟採集社会では教育が行われないが…

狩猟採集民族の集落でフィールドワークをすることにした園田氏が研究対象にしたのは子どもたち。
集落で、子どもが自発的に生業活動に参加し、知識と技術を身につける。その学習の過程において子どもと周囲はどのように関わり、互いにどのように位置づけるか、子どもと周囲との日常的な会話を分析したという研究。

「お~い、今日は狩りを教えるから子どもたちはついてこ~い」という世界ではもちろんなく、でも子どもたちも狩りができなければ生きていけない、教えていないが学んでいる、一体なにが起きているのか? この問いの答えを出すために、子どもたちと大人たちとの日々の生活が大量に記録されている。

著者が発見したこと

著者の園田氏は「教示的無関心」という新しい視点を見出した。
「教示的無関心は、一見教えているように見えないが、詳細を見れば大人たちは実は教えている。教えているか教えていないかが論点ではなく、大人と子どもを含めた関係の中の個の在り方と捉える。」
ちょっと難しい。
教えるというのは、教える人と教えられる人が存在して成り立つが(上下関係のようなもの)、生活のなかで伝承するということ、大人とか子どもとかそういうことは関係なく、伝えていく伝わっていくということなのかなぁ。


この本に記録されているアフリカの狩猟採集民族の子どもたちの様子、遊びや大人を真似しての狩りとかがたくましく、子どもらしく、読んでいてワクワクしてきました。
もう3年目になった、騒いではダメ、あちこちで歩いてはダメ、とダメダメ続きの子どもたちが気の毒に思う。
本題から外れてしまったが、ついそんなことを想いました。

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