見出し画像

エビデンスやガイドラインに囚われてはいけないのか?

EBM が当たり前になってきたこの時代に,押して返す波のようなこんな意見を目にすることがある。この意見は正しいのだろうか。

半分正しくて,半分間違い

まず正しい部分について。

なにかの事象について,その前後関係や因果関係を確定しようとすることは非常に難しく,特に医療のような数多ある要素が複雑にからむ状況では顕著だ。

このような前提において,多くの研究では複雑に絡み合った要素をなるべく簡素化して因果関係を探る手法がとられる。そのような研究の中で,一見因果関係があるようにみえることであっても,実はそうではなかった(除外した要素の影響が大きかったなどにより)ことはままある。つまり,新しく出てきた研究成果はしばらく様子をみないと確定的ではないことがあり,ある程度堅牢に編集されているガイドラインでも後に変更になることがある。

つまり,エビデンスやガイドラインにはある程度の土台の脆さをはらんでいるという視点を常に持ち続けなければならない。そしてこの土台の脆さは別の研究成果を生み出す突破口になることもある。

つぎに疑問を感じる点について。

これまで述べてきたように,どこまで言っても不完全とはいえ,あらゆる方面から検討されてきた結果の積み重ねは受け止めなければならない。不完全だから全部無視していいという理屈にはならないのだ。

また,「不完全な領域だから,それを調べるためにあえて別の検討を加えてみよう」という立場に立つのは妥当だが,特に根拠なく自分のやりたい放題やって良いという免罪符にはならない。

エビデンスは検討手法,規模,そして新しさなどによりその土台の堅牢性はさまざまだが,数多ある研究結果を吟味して,現状では最良であろうと思われる方針が各種ガイドラインとして発表されている。したがって,まずはガイドラインに沿った治療をするのが前提と考えるのが妥当だ(ガイドラインに従うことが義務とは言っていない)。もしガイドラインから逸脱するのであれば,それ相応の根拠が必要になる。

もうひとつ別の観点からこの発言で大事なのは,それを言うタイミングだ。

例えば,勉強や学問の基本がまだ十分確立していない段階の小学生に対して「学校の勉強なんか役に立たないよ」という教師がいるだろうか?「歴史の年号なんて覚えても意味ないよ。後から変わることもあるしね」という先生がいるだろうか?それはそうかも知れないが,今言うことじゃない。

同じ様に,治療の「型」をまだ十分習得していない,もしくは実践できていない段階の者に対して積極的に掛ける言葉ではない。まずはガイドライン通りの治療を実践し,それらを目をつぶってでもできるようなくらい円熟してきた頃に考え始めることなのだ。最初から「エビデンスやガイドラインなんか関係ない」なんてやってると「型無し」になってしまう。


愚者は経験に学び,賢者は歴史に学ぶ

人は実際に体験した経験に大きく左右される。それが成功体験であればそれを繰り返し,失敗体験であればそれを避けるようになる。

個人的な経験を否定するつもりはまったくない。個人的な経験からの成功体験が次に活きることは往々にしてある。これまで,目の前にいる患者さんに行ってきた治療は,紛れもなく「個人的な経験」であり,その成功体験なくして次はない。そういう意味で「経験」は非常に重要だ。

「個人的な経験」は印象も強烈で,あたかもそれが普遍的な真実であるような気がしてしまう。それが非常に危険なのだ。

ドイツ初代宰相のビスマルクは、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と語った。前者は「個人的な経験」を元にし,後者は「それまでの先人たちの積み重ねてきた数多の経験」から学ぶということだ。ここで言う「歴史」とは,これまで先人たちが積み重ねてきた「エビデンス」であり「ガイドライン」にほかならない。

ビスマルクの言葉は一般論の話だ。今後の治療方針の大半を「個人的な経験」で構築するのは主観的で,偏りが激しく,症例数が少ないことから,客観的な視点での普遍性をもって当たるほうが「個人的経験」の弱点を克服できるということだ。


UpToDate 原理主義の危険性

さて,ここまで文献やガイドラインの重要性について語ってきた。しかし「原理主義」化してしまう危険性についても気をつけたい。

日々更新され続けるエビデンスを,最速で反映した電子教科書が UpToDate だ。これはある程度影響力のある論文を素早く反映しており,忙しい臨床医には非常に有意義なサービスだ。

UpToDate のサービスが世に登場してから時間が立ち,日本国内でも浸透してきた。中には UpToDate を読みすぎた「 UpToDate 原理主義者」のような存在もちらほら聞く。

私自身,研修医の頃から舐めるように,ほぼ毎日読んでいる。かつて所属していた大学ではアクセス数が大学内でトップだった( UpToDate の運営会社の Wolters Kulwer 社の方から教えてもらった)。

医学では治療の最先端に行けば行くほど派閥が生まれてくる。方針が確定していない最先端だから当然の現象だ。UpToDate はその点について,きわめて慎重な記載がなされている。先鋭的な記載をできるだけ避け,エビデンスの堅牢性を優先している印象を受ける。

一方,UpToDate の弱みもある。それはアメリカを中心とした治療内容という点だ。これをすぐさま本邦に適応できない場合もある。例えば日本にはない薬(例,ロラゼパムなど)が推奨されていたり,そもそも地域特有の疾患(例,マムシ咬傷など)の記載が薄かったりする。また,欧米中心ということでガイドラインも欧米のものを参考にしている。敗血症のガイドラインは世界版である Surviving Sepsis Campaign Guideline ( SSCG )がある一方で,日本には日本の J-SSCG があり,よく見ると細部で異なる場合がある。両者の違いについてはどちらが「正しい」ということは言えない。人種間の違いもあるだろう。

このように治療の「根拠」は大事にしつつもその根拠の「弱さ」も知っておく必要がある。UpToDate に記載されていることこそ完全無欠の真実だ!とならないように余裕を持っておきたい。


おまけ:エビデンスを「後医は名医」の武器にしない

救命センターだと敗血症性ショックの患者を紹介で受けることがある。搬送されてきたショックの患者に繋がれていた昇圧薬がイノバン(ドパミン)であることはよくある。

さて,ここであなたはどう言うか?

A「 SSCG でも記載されている通り,敗血症性ショックの昇圧薬の第一選択はノルアドレナリンですよ?なんでこんなもん繋いでるんですか?」

B「初療ありがとうございました。あとはやっておきます」

医学的には A は正しいが,転院搬送で送ってきた医師に掛ける言葉は B が正解だ。なぜなら,この場での A はなんの意味も効果もないからだ。まず,転院搬送の医師はあなたに教えを請うために転院搬送してきていない。次に,イノバンを繋ぐことが患者にとってただちに有害ではない。そして最後に「だったらお前が最初から全部診ろよ」という感情しか産まないからだ。

※ただし,ワクチン接種会場からアドレナリンを打たずに送られてくるアナフィラキシーショックについては(特に医師同伴せずに送ってくる場合),アドレナリンを打たないことが患者にとって有害であり,その時のために医師が配置されていることもあって,その場合は一言お願いすることはある。

EBM は自分の医療の実践に役立てれば良い。もし意見を求められれば淡々と「事実だけ」を述べれば良い。理詰めにすると相手は逃げ場を失うので,ふわっとした議論に留めるほうがよい。EBM は相手を殴るためにあるわけではないのだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?