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ため息188: 子供の遊び場

子供の頃、近所の神社の境内が遊び場でした。遊び相手は町内の年齢差+-4歳ぐらいでした。それぞれの家業で呼び合っていました。海苔屋の子は海苔屋という風に、紙屋、豆屋、靴屋、パン屋、乾物屋、洗濯屋、風呂屋、時計屋、ラーメン屋などがいました。同じ小学校に通っていたのですが、苗字に関心はありませんでした。仲間同士では苗字が使われないので、知る、覚える必要がなかったからです。

今振り返れば、鎌倉街道沿いに並ぶ個人商店の子供たちでした。街道からひとつ入った裏通りは住宅街です。しもた屋の子供たちには、名前がありませんでした。呼びあう名前のない子は、遊び仲間に加わってもしばらくするといなくなりました。思えば、表通りの商店の子供たちの遊び場だったのでしょう。

大学や就職先が県外になり実家を離れると近所の付き合いはなくなりました。もともと数年間境内で遊んだだけ、名前も知らない同士です。その後会うことなく長い年月が経過しました。昔遊んだ神社が変わらずに在り、表通りには個人商店が並んでいます。建物はかわり、店主の代が替わっています。海苔屋があって同年代の人が働いていればその人は、子供の頃一緒に遊んだ仲間です。名前もどういう人生であったかも知りませんし、今後付き合いを再開することもないでしょう。

昨夜は高校の同窓会でした。高校卒業後、何年も同窓会は開催されなかったのが、あるときだれかが音頭をとって開始しました。県外で暮らしている者にとっては違和感を覚える集まりです。地元で商売している人たちの商工会のような雰囲気でした。地元で地元の人たちを相手に商売をしている人たちが、同じ高校という検索条件で抽出されて集まったようなものでした。子供の頃の会社員の子には屋号がなく、大人になったサラリーマンには、地元商店の旦那衆の遊び場と遊び方にはなじめないものがありました。
ひところ流行った異業種交流の場かもしれませんが、同窓生という縁は手放しで商いの場で利用できません。取引内容次第で懐かしい思い出が犠牲になってしまうというリスクがあるからです。

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