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Insight:Health Tech Startup Vol. 4

"日本発 ヘルステックスタートアップの可能性"

6月の特集は”Health Tech Startup”。Vol.3 までは世界の動向を探ってきました。スタートアップにおいても世界で存在感を見せられない日本。その技術力は、イノベーションの力は世界においていかれるばかりなのでしょうか?

Vol.4では、日本のヘルステックスタートアップの状況、そして注目の企業を取り上げ、どのような企業が今、そして活躍していけるのか探ります。

1. 日本発、 ヘルステックスタートアップの企業価値

日本経済新聞は、2017年から4年間、毎年「NEXTユニコーン調査」という形で、企業価値順に注目のスタートアップ企業の価値をランキング形式で公表しています。2020年は同年9月までの情報を元に、11月に公表されました。

事業別に見たとき上位を占めるのは、AIの技術開発、ネットサービス、フィンテックが中心で、10位までヘルステック企業の名前は挙がっていません。しかし、11位、企業価値350億円クラスから着実に名前が挙がってきます。

 11位:WHILL 367億円 (パーソナルモビリティ)
 21位:株式会社アルム 283億円 (医療・介護ICT)
 25位:キュアアップ 230億円 (治療アプリ)
 26位:Ubie株式会社 220億円 (医療ICT、AI問診アプリ)
 29位:ボナック 217億円 (バイオ医薬品、診断薬開発、核酸創薬)
 43位:メガカリオン 180億円 (バイオ医薬品、iPS細胞、血小板製剤)
 44位:Integral Geometry Science 177億円 (IoTデバイス/ICT/アプリ)
 47位:メディカルノート 164億円 (医療ICT、プラットフォーム)

12位にはビジョナル(ビズリーチ)、16位にはスマートHR、50位にはアキッパなど、他業界で存在感を見せる企業が並ぶ中で、日本発のヘルステックスタートアップもまた高い評価を受け始めていることがわかります。

150位までを見ると、150社の内おおよそ20%がヘルステック関連企業となっており、世界の動向と比較するとやや少ない比率です。ただ、医療ICT、医療用ロボット、バイオ医薬品、AIを活用した医療機器、画像診断など、多様な企業が名前を連ねており、日本の技術の裾野の広さが伺えます。

150位までに名前の挙がったヘルステックスタートアップは以下の通り。

カケハシ、スコヒアファーマ、サスメド、アトナープ、糖鎖工学研究所、ステラファーマ、Heartseed、福島SiC応用技研、アイリス、モジュラス、Repertoire Genesis、リバーフィールド、Lily MedTech、ウェルモ、トリプル・ダブリュー・ジャパン、シンクサイト、ティムス、エンブレース、ジェイファーマ、Chordia Therapeutics、メドケア など

出典・参考:
日本経済新聞:https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/next-unicorn/#/dataset/2020/list?drawer=Chordia%20Therapeutics&p=1


2.  企業価値の本質

さて、上記の企業名、どの程度認識されていましたでしょうか?
禁煙治療用アプリで薬事承認を取得し、一躍話題を呼んだキュアアップの知名度は高いでしょう。ただ、それ以外の企業については認知度に差が出そうです。

しかし、100億を超える企業価値はそう簡単につくものではありません。厳しい投資家の目に左右されるスタートアップの企業価値は、日本に数多くあるゾンビ企業のそれとは一線を画すものです。

技術力を持ち、それをいち早く社会実装し、そして世界に挑戦している。
そのような企業が確実に評価を受けています。ここでは、まさにその代表格になりつつあるUbie株式会社、そして社会実装の中で頭角を現しつつある、株式会社アルムを取り上げ、その技術と実績、ビジョンを探ります。

2-1. Ubie株式会社
・創業:2017年
・企業価値:220億円(日本経済新聞調べ)
・事業概要:AIを用いて「症状と疾患の関係性」を分析し、医師、患者の双方にメリットのある問診の形を提案している。医療機関向けには「AI問診ユビー」を、生活者向けには「AI受診相談ユビー」を展開している。

医師の立場で課題を解決する>
Ubieの共同代表取締役は、現役の医師です。その調査結果によると、医師の残業を招く原因の実に50%以上が診断書やカルテ等の書類作成業務というこ結果が出ました。この結果は現場の医師の実感とも合致している一方、その問題は放置されたまま、多くの医師が過剰労働を容認している状況でした。
対策として、多くの病院で事前に問診を行う方法が取られているものの、患者の表現に統一感がなく解釈が難しい、医師が扱う文書用に文章の翻訳が必要、そもそも紙媒体での記録が多く文章や数値の転記が必要など、多くの問題がありました。
そこでUbieが取り組んだのが次のアプローチです。
①事前問診を紙ではなくアプリで行う
②"患者語"を"医師語"に、AIで翻訳する
③お薬手帳や紹介状を画像から自動で文章に起こす
成果として、導入施設に対する調査では、問診時間が1/3になったという調査結果が出ました。そして、2021年6月現在、導入施設数は400を超え、順調にその数を伸ばしています。

<患者の立場で課題を解決する>
医療機関にかかる前に、何らかの情報収集をする人は8割に及ぶと言われています。しかし、どの病院の、どの診療科を選択するべきか、適切な回答にたどり着く可能性は限りなく低い状況です。明言しなければ何を言っても良い状態は、ウェブを中心にゴミ情報のジャングルと化しています。
しかし、現役の医師を社員として抱える同社のアプリは、20問程度の簡単な質問に答えるだけで、精度の高い、信頼できる医療情報へのアクセスを実現しています。ここで見込まれる効果は、診療の効率化だけではありません。簡単に適切な医療情報にアクセスできるということは、より早期の来院を誘導することができ、治療の成功率向上も期待できるのです。
2021年5月、「AI受診相談ユビー」の月間利用者数は100万人を突破しました。サービスのリリースからわずか1年での記録であり、ユーザビリティに加え、その信頼性の高さの結果といえそうです。

<アジアから世界へ>
経済が失速しながらも、日本の医療は依然高い水準を維持しています。
そしてUbieのサービスは、その臨床現場に実装され、月間100万人の利用者、400施設のデータを以って、「症状と疾患」を関連づけるデータの分析を繰り返し、進化してきました。
同社は昨年、日本政府の支援も受け、海外進出への足掛かりとしてシンガポールに拠点を設立しました。すでに同国の医療機関にサービスの提供を開始しており、アジアを起点に、全世界へのサービス展開への挑戦を始めています。
日本の医療の力、そして技術力が世界に通用するのか、これからの成果が期待されます。

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出典:Ubie株式会社


2-2. 株式会社アルム
・創業:2015年(前身の会社は2001年設立。2015年、医療分野以外の事業を切り離して売却し医療分野に特化。社名を「株式会社アルム」に変更)
・企業価値:283億円(日本経済新聞調べ)
・事業概要:医療・福祉分野におけるモバイルICTソリューションを幅広く提供。医療関係者間コミュニケーションアプリ「Join」を始めとした医療ICT事業では、グローバル展開に積極的に取り組み、28カ国へサービスを展開。

<グローバルな視点を持つこと、機会を最大限活かすこと>
代表取締役社長の坂野哲平氏は、日本のすぐれた技術や文化を世界に発信したいとの思いを抱き、2001年に「スキルアップジャパン」を設立。当初は動画コンテンツ配信が事業の中心でしたが、グローバル展開に向かない点で見切りをつけ、事業の主体をICT技術開発へと変更してきた経緯があります。

そして2014年の改正薬事法(医療機器の迅速な実用化に向けた承認制度が含まれる)発出を期に、医療主体への企業へと転身を遂げました。
同社のヘルステック領域における取組みは、医療関係者用コミュニケーションアプリ"Join"から始まりました。2014年に開発されたこのアプリは、2016年には改正薬事法の下、保険診療の適用を受け、多くの医療機関に導入されてきました。そして現在、米国FDAを含む各国薬事の薬事承認を受け、世界の医療機関への展開が始まっています。

同社のサービスの社会実装という点では、コロナ禍における活躍にも注目すべきです。
事例として、救急時の対応をサポートするために開発されたサービス「MySOS」を、コロナ禍においては個人で療養が必要な場合の健康状態の管理ツールとして活用してきました。患者が取得した記録を保健所や医療機関と共有することで、管理業務の効率化に大きく寄与しただけではなく、PCR検査の陰性証明書をアプリで受け取ることも可能にして、対面での業務低減につながりました。
他にもJoinを活用して医療機関、自治体の連携を強化するなど、自社の既存サービスを応用し、コロナ禍の様々な状況において活用してきました。
コロナ禍で築いた自治体との関係性は強く、最近ではJoinが神奈川県の「副反応フォローアップ向け地域医療連携システム」に採用されるなど、さらなる事業展開が続いています。

<日本発 医療ICT Joinから見えること>
同社の代表的なサービスであるJoinは、上記の通り保険適用されており、2021年2月時点で300施設以上に導入されています。その仕様を以下に抜粋します。

・リアルタイムに、場所を問わず、複数の関係者と医療情報を共有し、コミュニケーションをとることができる
(モバイル端末を用いて、クラウドを介して連携できるシステム)
・院内の医療用画像管理システムとも連携可能で、共有できる医療情報にはMRIやCTなどの医療用画像も含まれている。迅速かつ的確な診断に大きく寄与している
・ICUや手術現場からのリアルタイムの動画配信も可能で、時間のロスをなくし、医療の質と効率の向上につなげている
・複数病院が連携し、症例相談や患者紹介を行うことができる。緊急紹介の際には、瞬時に病院間の情報共有が可能となり、救急搬送プロセスの効率化に繋がっている
・上記を達成するための高いセキュリティ対策がなされている

医療用アプリケーションとして革新的な技術はないように見えますが、着実に現場のニーズを抑えつつ、医療用画像の共有、動画配信など、それを実現するために前身のビジネスから磨いてきた技術が活用されている様子が伺えます。
同社のICTの技術力が高いことはさることながら、医療現場のニーズをしっかりと理解し、そこで既存の技術を活用することができれば、それがイノベーションにつながることを示す好例のように感じます。Joinの躍進は、今後の日本のスタートアップにとって、一つのヒントを提示しているかもしれません。


注意:
Ubie株式会社及び株式会社アルムについては、その会社名通り株式上場を果たしており、企業価値が$10億ドルを超えたとしても、正確にはユニコーンには該当しません。






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