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GLOBE・GLOVE(12)

12
 二年生の冬、取り損ねたボールが目に当たり、手術することになった。マスクをかぶらずに捕球をしていた僕自身が招いた事故だった。
 後遺症で利き目の視力が0.1まで落ち、試合に出るどころかバッティングやキャッチングもできなくなった。
 チームは三年ぶりに地区大会を勝ち抜き、甲子園に出場した。立役者の川村は、甲子園出場の実績と野球部トップの成績で東京の名門私立大学のスポーツ推薦を勝ち取ることになる。僕はそんな川村を中心としたレギュラーたちに、スタンドから応援団長としてエールを送り続けた。 
 チームがベスト8をかけた試合に負けた日、僕たちの代のチームは解散となった。
 第一試合だったので、高校に入ってから初めて明るいうちに帰宅することになった。しかし、まっすぐ家に帰る気持ちにもなれず、僕は、昔よく美緒と練習に使った近所の公園に入り、ベンチに腰を下ろした。
 砂場では、幼稚園児くらいの男の子と女の子が泥団子を作って遊んでいた。
 小一時間も座っていると日が傾いてきて、どことなく秋の気配を感じさせる風が吹いてきた。
「世間はお盆なんやな」
「そう、でも受験生には盆も正月もない」
 振り向くと、紺のスカートにチェックのスカート、背が高く髪の長い女子高生が立っていた。ピカピカの瞳と、前髪から透けて見えるおでこのほくろ。
 そして彼女はにっこり笑う。忘れもしないあの笑顔で。
「三年間、お疲れ様」
「ありがとう」それまでこわばっていた僕の顔にも、自然と笑みが浮かぶ。
「今日は、学校?」
「私は特進科。休みなんてない」
 美緒は、なにをいまさらという風に僕を見た。
 変わらないな。僕はどこか安心した。  
「頼みがあるんやけど、聞いてくれるか」
「……何」
「今日から受験生やろと思うんやけど、三年間いっこも勉強してへんねん」
「結論から言うてくれへん? 時間がもったいない」
「勉強教えて欲しい」
「野球のスポーツ推薦で大学行くんちがうの」
「……」
「野球、あきらめんの」
「野球より好きなことやりに大学行きたい。野球で大学行ったらそれができんくなる。勉強するしかないんや」
「……」 
「教えてくれるのはもちろん暇なときで良い、っていうても、そんな時間あるわけないわな」
「……条件が一つある」
「ほんまか。俺にできることなら何でもやる」
「野球より好きなことってなんやの。言うたら勉強教えたる」
「それは……」
「それは?」
「……大学受かったら教える」
「なんやそれ」美緒の頬がぷっと膨れる。
「期待して損した」
 その言葉に、僕は決心した。目を閉じて、呼吸を整える。
 つむったまぶたの裏に、丸い瞳のきらめきが浮かんだ。

(終)
 


これにて、全12回終了です。
お付き合い、誠に感謝いたします。

最初からお読みになりたい方はこちらを↓

明日かあさってあたり、
長編を載せます。
コンテストに応募予定の作品ですので、
そちらも読んでくだされば幸いです。

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