伊古部うずら

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手をつなぐ二人の距離は 第1話

あらすじ 「さあ、晴ちゃん、度胸を決めていざ出発!」  晴宏は中学三年生。母子家庭育ち。特技は料理、趣味はクラシック鑑賞。一年間の不登校を越えて、同い年のいとこで初恋相手の那由と、この春から一緒の中学に通うことになりました。 「今日から、私が、晴ちゃんの保護者」  そう自認する那由は、協調性ゼロでマイペースな、爆弾みたいな女の子。  ひょんなことから交換日記を始めたり、海までサイクリングに行ったり、二人だけの遠足に出かけたり。 「お腹空いた! 晴ちゃんのご飯が食べたい!」

    • 手をつなぐ二人の距離は 第2話

      2 「おはよう、朝だよ。よく眠れた?」  次の日の朝一番に見たものは、制服を着た那由の、どアップだった。  那由はベッドの横に立って、僕の顔をのぞき込んでいた。僕は内心の動揺を悟られないように、ゆっくりと体を起こした。 「……起こしに来てくれるのは嬉しいけど、できれば勝手に僕の部屋に入るのはやめてほしい」 「なんで?」 「なんでって……。プライバシーってもんがあるだろ?」 「でも、私は晴ちゃんの保護者だもん」  僕が我慢をするしかない、という事だ。  朝ご飯は、母さんが

      • 手をつなぐ二人の距離は 第3話

        3 「海、見に行こう。大きくて広い、水平線がずうーっと続く海!」  那由がこう言い出したのは、二、三日前のことだった。ともすれば落ち込みがちな僕を励ましたいのか、ただ単に自分が見に行きたいのか。もし那由自身に聞いてみたならば、きっといつものように宙を見上げて、そのまま考え込むだろう。  でも、僕にとってもそれは魅力的な提案だった。いつも買い物に行くのがせいぜいだが、それでは買ったばかりのビアンキがもったいない。そんな訳で、学校が始まってから初めての週末、僕らは太平洋を見に

        • 手をつなぐ二人の距離は 第4話

          4 「もう八時だよ、寝ぼすけさん……って、どうしたの!?」  次の日、目が覚めると、頭が変にふわふわしていた。昨日の体のだるさも、増している気がする。  もうとっくに明るくなってはいたが、起き上がるのもおっくうでそのまま寝ていると、ガチャッとドアが開いた。  いつものように起こしに来た那由は、僕の様子を見て、冒頭の言葉と共にいきなり僕のおでこに自分のおでこをくっつけてきた。熱が一気に上がる気がする。 「少し熱がある。……昨日、私が連れ回したからだね」  那由はうなだれた。

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        手をつなぐ二人の距離は 第1話

          手をつなぐ二人の距離は 第5話

          5 「それは、内緒」  僕らは今、電車に乗り込んだ所だ。もうすぐ発車時刻にもかかわらず、四両編成のこの電車に乗っているお客は、数えるほどしかいない。  先頭のこの車両に座っているのは、僕らだけだ。シートは向かい合わせで、真正面に座る那由の、丸い瞳がちょっと照れくさい。  問題は、那由が行き先を教えてくれないことだ。重ねて僕が尋ねても、ニヤニヤと「内緒、内緒だって」と笑っている。  今日、僕たちの学年は、豊橋総合動植物公園まで遠足に行っている。  クラスの奴らと共に長時間バ

          手をつなぐ二人の距離は 第5話

          手をつなぐ二人の距離は 第6話

          6 「お土産、楽しみにしててね」  そう那由は明るく笑うが、僕はその笑顔をまともに見ることができない。  気づけば五月、修学旅行の朝だ。  新幹線の決められた席に二時間、ホテルの割り当てられた部屋に二晩。決められたとことから動けない不安に加えて、何をしてくるか分からない飯山を初めとするクラスメイト。  結局、僕は恐怖心を乗り越えられず、主治医の先生に診断書を書いてもらい、修学旅行に行かないことにした。しかし、那由はその手は使えない。  二泊三日、うち一日はテーマパークでの

          手をつなぐ二人の距離は 第6話

          手をつなぐ二人の距離は 第7話

          7 「全教科平均、69.5、ってところかな?」  那由が、リビングのテーブル越しに笑う。  中間テストは、自分なりに手応えがあった。那由と一緒に自己採点してみると、全教科60点以上、僕の得意とする国語と社会は80点に届く見込みだった。 「いいじゃない、晴ちゃん!」  那由は、自分のことのように喜んでくれた。  三年生の定期考査は、そのまま内申点として高校入試に直結する。他の連中がいよいよ受験勉強にエンジンを掛けてくる中、那由というコーチが付いてくれている僕は、万全の体制で

          手をつなぐ二人の距離は 第7話

          手をつなぐ二人の距離は 第8話

          8 「だろ、やっぱりチェリが一番だろ!」  春木は、今日何度目か分からない台詞を口にした。 「スローテンポが嫌なら、シュトゥットガルド版を聴けばいい。まだ若い頃の録音だからテンポもそんなに遅くないし、音質も十分鑑賞に耐えるレベルだ」  初めて言葉を交わした次の日だというのに、春木は朝からチェリビダッケについて話し続けている。この昼休みも、なんと弁当を持って校庭の階段までついてきたのだ。おかげで、今日、僕と那由は一言も話せていない。那由は那由なりに気を遣っているらしく、僕と

          手をつなぐ二人の距離は 第8話

          手をつなぐ二人の距離は 第9話

          9 「俺の勘も外れたなあ」  月曜日。敦は僕の前で腕組みをしている。  結局、那由は日曜日の一日中、部屋にこもって姿をあらわさなかった。おにぎりは朝にはなくなっていたので、食べてはくれたらしい。それどころかお腹がすいて夜中にこっそり出てきたらしく、キッチンが散らかっていた。その代わり、洗濯してあった制服のカッターシャツが、いつもに増してアイロンを念入りにあてられ、ピカピカになって居間のカーテンレールに掛かっていた。ほんとに座敷童みたいだけど、そんなに僕と顔を合わせたくない

          手をつなぐ二人の距離は 第9話

          手をつなぐ二人の距離は 第10話

          10 「晴ちゃん、ちょっと相談があるんだけど」  次の日、いつものようにリビングで予習、復習を終え、一段落した所に那由が切り出した。 「これから本屋さんに行かない? 駅前の、精文館」 「急だね、何か欲しい本があるの?」 「永野さんと、何を話せばいいのか分からないの」  話が見えない。 「大きな本屋さんに行けば、自己啓発の本とかいっぱいあるでしょ? 物知り晴ちゃんに、永野さんとの会話に参考になりそうな本を教えてもらおうと思って」  僕はひっくり返りそうになった。 「広い意味

          手をつなぐ二人の距離は 第10話

          手をつなぐ二人の距離は 第11話

          11 「やっぱり豊橋名物だもん!一度乗りたかったんだ!」  那由は、初めて乗る路面電車にはしゃいでいる。  土曜日。僕たちは敦のコンクールを聴きに出かけた。  場所は豊橋公会堂。敦たちの出番は二時半くらいと聞いていたので、早めに昼を食べてから出かけることにした。   豊橋駅に出てから、陸橋を渡って路面電車に乗り換える。しばらくホームで待っていると、電車がカーブを曲がってやってきた。路面を車と一緒に走る一両編成の電車は、那由が言う様に豊橋の名物と言われている。 「ちっちゃく

          手をつなぐ二人の距離は 第11話

          手をつなぐ二人の距離は 第12話

          第1話はこちらです↓ 12  ひらひら、ふわふわ……  その光には見覚えがあるような、ないような。そんな気がして、夢から覚めた。  永野さんにカーディガンを返した次の日の朝。いつもなら部屋に飛び込んでくる那由が、来なかった。  昨日のことで、また落ち込んでいるのだろう。「誰に何を言われようと平気!っくらいのドンとした気持ちを持つべきだ」、と日記に書いたのは、那由なのに。  とはいえ、今日は月曜日だ。この前のように、引きこもる訳にはいかない。  着替えて那由の部屋の前に

          手をつなぐ二人の距離は 第12話

          GLOBE・GLOVE(12)

          12  二年生の冬、取り損ねたボールが目に当たり、手術することになった。マスクをかぶらずに捕球をしていた僕自身が招いた事故だった。  後遺症で利き目の視力が0.1まで落ち、試合に出るどころかバッティングやキャッチングもできなくなった。  チームは三年ぶりに地区大会を勝ち抜き、甲子園に出場した。立役者の川村は、甲子園出場の実績と野球部トップの成績で東京の名門私立大学のスポーツ推薦を勝ち取ることになる。僕はそんな川村を中心としたレギュラーたちに、スタンドから応援団長としてエールを

          GLOBE・GLOVE(11)

          11  秋の進路指導で、僕にあり得ない話が降ってきた。  捕球技術を買われ、川村と一緒に野球の名門男子校からスカウトされたのだ。川村は特待生、僕は一般枠だったが、これだけ野球で評価されたことは初めてだった。  両親と姉ちゃん、担任はそろって大反対した。たった一人賛成してくれたのは、美緒だった。 「野球、好きやろ。行かんかったら一生後悔すんで」  左肘が曲がったまま固まってしまった美緒に言われると、僕に選択の余地はなかった。 「頭、坊主のままやで。色気づいて、髪伸ばしたら、レギ

          GLOBE・GLOVE(10)

          10  その日も、いつものように暑い日だった。  初回、マウンドに上がった美緒が、今まで見たこともないほど制球を乱した。  ストレートのフォアボールを二者続け、なんとか次の打者はゴロに打ち取ったものの、その次にはデッドボールを食らわせてしまった。大ピンチを招いたまま美緒はマウンドを降り、ファーストに入っていた川村が登板したが、準備不足もあり、先制点を許してしまった。相手のピッチャーは、全打席で川村との勝負を避け、結果、美緒の出したランナーが決勝点につながった。  試合後、美緒

          GLOBE・GLOVE(9)

          9  美緒との関係は何も進展しないまま、僕たちは中学三年生の夏を迎えた。  僕たちのチームは、いろんな意味で有名になっていた。  エースで四番のキャプテン川村を中心に、打撃はダメだが川村の決め球のフォークボールを一度も後ろにそらしたことがない僕。そしてなにより美緒の存在だ。  真夏でも長袖のアンダーシャツがトレードマークの女子ピッチャー。有名にならない方がおかしい。なんども地元新聞の記者やスポーツライターが取材を申し込んできた。いつも美緒が「いやや、めんどくさい」と取材を断る