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ショート小説『ならんで歩く』

浅野勉は、いつものようにスーパーを出て、妻の喜子の足音を斜め後ろに感じながら、ゆっくりと歩いた。若い頃であれば、ものの10分で帰宅できる距離であったが、今の勉と喜子にとってスーパーでの買い出しは一日の大仕事だ。勉は大きな買い物袋を二つ抱えているから、脚の負担もなおさらである。
 わざわざ振りかえらずともわかった。喜子はウエストバックに入れていたペットポトルを落として、転がしてしまったようだ。もう何十年とともに歩いてきて、そのくらい振りかえらずともわかるようになっている。勉はそのまま、速度を落として喜子の様子を伺った。

「はい、どうぞ」
 甲高い女の子の声だった。
「ありがとうございます。」
 若い女性が親切に、喜子のペットボトルを拾ってくれたのだった。勉は、そのまま、歩き出した。
 するとすぐに、若い女性に追い抜かれた。先ほど、喜子に親切にしてくれた女性だろう。勉は表情を変えないまま会釈をした。するとその若い女性は、勉と喜子を何度か見比べ、勉を覗き込んだ。
「ご主人でしたか?」
「ええ、親切にありがとう」
「…ああ、良かったです。いえいえ」
 彼女は、一瞬眉をひそめたように見えたが、にこやかに、颯爽と去っていった。
 男は鈍感なものだが、それでも分かる。若く親切な女性は、妻が物を落とした時に、夫の私が助けようとしないばかりか、振り返って声をかけることすらしないことを怪訝に思ったのだろう。頑固なじいさんだとでも思ったかもしれない。
 若い女性は、若い頃の勉と同じくらいの背丈で、170cm近くあるだろう、すらりとした女性だった。彼女はミニスカートにヒールのあるサンダルを履いてすたすたと歩くので、活発そうに見えた。彼女の歩き去る姿を眺めながら、勉はある雑誌を思い出していた。

***
 
 あの頃、まだ喜子はぼろぼろの割烹着ではなく、花柄のエプロンを着ていた。勉は、一緒になって初めての妻の誕生日の贈り物に頭を抱えていたため、妻の欲しいものをちょこっと調べてやろうと思い立ち、台所のワゴンの下にある喜子の雑誌を開いた。料理のレシピのページに付箋が貼ってある。料理好きの喜子らしいな、とページをめくると、三角の折り目が付いたページがあった。
 『ミニスカート特集』。背の高い女性がミニスカートをまとい、ハイヒールを履いている。喜子はミニスカートのような派手で奇抜なものに、興味を持つ女性ではないと思っていた。勉は三角の折り目を開いて、元通りになるようにしわを伸ばし、雑誌を元に戻した。
 その日の夕飯時、勉はつい、「ミニスカート」と口走っていた。目を丸くする喜子に、
「事務の子たちが、ミニスカートを履いているところを見かけたんだ」
 と、早口で言った。
「ミニスカートですか、流行ってるのね」
 喜子は勉の方に目をやることもなく煮豆をつまんでいて、無頓着そうに見えた。
「若い子は下品な格好をしたがるな」
「そうねえ」
 結局、誕生日には、何が欲しいかとたずね、揃いのマグカップにしようと言われたので買いにいったが、勉も喜子もコーヒー等を飲まないので、あまり出番はなかった。

 ***

 喜子は、ミニスカートを履いてみたかったのだろうか。勉は、ふとそう思った。いまや、墓場まで持っていかなければならない質問だが。


 勉は、立ち止まって振り返り、喜子の目を見た。
「ペットボトルは俺が持とうか」
「いいえ」
 喜子は勉の方を見なかった。

 二人の老夫婦は、並んで、ゆっくりと歩いて行った。勉には、もっと小さくか弱いと思っていた喜子が、なぜか大きく見えた。

(完)

~追記~
AI画像生成、初めてチャレンジしました。
少し文言を変えるだけで、生成される画像がどんどん変化していく。
画像から新しい創作のアイデアが生まれるのが楽しみ。
これからもっと使いこなしてみたい。

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