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エース論

 先に言っておくが、「投手は消耗品」という考えを持ち、先発完投や連投に強い嫌悪感を持つ方はこのページを閉じて頂きたい。それだけ意見の分かれる内容であることはわかっている。今回は、こんな時代だからこそ敢えて僕のエース論を語ろう。

僕が思う「理想のエース」

 「対しまして後攻の中日ドラゴンズ。ピッチャーは、吉見。背番号19」とナゴヤドームのウグイス嬢がアナウンスしたら、その日の勝利は確実だった。僕が思う中日最強のエースは吉見一起現侍ジャパンコーチである。ノーワインドアップモーションから目いっぱいに肘をひねり、スライダー、シュートボール、フォークボール…と7色の変化球を寸分の狂いなく投げ分ける。更にはスタミナも抜群。この投手に負けが着くこと自体が珍しかったのだ。晩年で8つの借金を作りながらも、生涯成績は.616の勝率を残している。

 近年では大野雄大がエースと名高いが、吉見のような絶対的安心感はない。10勝てば10負ける投手はもちろん必要だが、「ローテーションの1番手」であって、「エース」と呼ぶには物足りないのだ。やはりここ一番の試合で、相手のエース格に投げ勝ってこそエースなのだ。吉見は、例え相手が館山昌平であろうが由規であろうが怯まなかったものだ。負けても敢闘、きちんと試合を作る様は同じ男として本当に憧れたものだ。

 ただ、そんな吉見も平成25年に肘を故障してしまって以降は勝ち負けがトントンに。大エースは故障と共にローテーションを天下りしていくように実力を落として行ってしまったのだが、年に数回ほど全盛期を思い出したかのごとく快投を演じたものだ。「吉見は終わった」その言葉を何度跳ね返し、何度我々に勇気を与えてくれたことだろうか。しかしながら、34歳での引退はあまりにも早く、90勝という生涯の勝ち星はあまりにも少なすぎる。吉見がナゴヤドームのマウンドでやり残したことは、背番号を継いだ髙橋宏斗がきっとやり尽くしてくれるはずだ。

神の子、今年は…

 吉見が肘を故障し、陰りが見え始めた平成25年。リーグを跨いで楽天の田中将大が24連勝の大記録を打ち立てた。僕はこの年の彼を、テレビ越しでしか見ていなかったが画面越しにもその気迫と執念は感じられたものだ。

 この年の彼のハイライトと言えば、間違いなく日本シリーズの日本選手権決定戦だ。その前の試合、彼はこの年の公式戦で初めての黒星。ペナントレースではなかったため個人成績には残らなかったが、これで田中も見納めかと多くのファンが思ったことだろう。当然、僕もその1人だったわけだ。ところが次の試合、当時の星野仙一監督が9回に出てきて、球審に向かって「田中!」と叫んだ。燃える男の生涯最後の晴れ舞台に相応しい、鬼の形相でのコールに誰もが察した。この年の締めくくりは田中だったのだ。

 見事に三振に打ち取り、楽天が栄冠を手にした。田中は次の年からニューヨーク・ヤンキースへと渡ったが、肘を故障してしまった。MLBでは前述の日本シリーズでの起用法が問題視されていたが、あれでよかったのだ。新球団の楽天初の胴上げ投手は叩き上げの大エース・田中将大の他に相応しい者は居ないはずだ。楽天はまたまた定位置の最下位へと逆戻り。それも当然だ。24勝もの貯金が一気に無くなったのだから。

 月日は流れ、田中将大は再び東北の舞台に帰ってきた。今季はあと3勝で名球会入り。恐らく、海の向こうのダルビッシュとともに最後の200勝投手になってしまうのだろう。大エース不在の昨今、「時の流れ」という言葉で流してしまうにはあまりにも寂しいものである。

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