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【恋こがれ、過ちて】

(【ストロベリー狂詩曲】に登場する寺田総司が視点の話。これだけ読んでも大丈夫です)


 スパイシー、クール、スマート、エレガンス。それらの言葉が似合うファッション誌の『ジニー』はデパートに勤務する両親の愛読本の一つだ。母は得意げに笑って「目を肥やすにはこれがいい」と言っていた。当時、小学生だった俺は
 何を読んでいるか、リビングのソファーに座ってページを捲る父親の肩越しに、雑誌の中身を覗き見たことがある。そこには何者にも穢されない誇り高い"静物"が掲載されていて、人間の美しさに初めて出会った。写真集のようにかっこよくポーズをキメたモデル達の姿に俺は目をキラキラさせ、がっちりした肩の上に顎を置き、ついには身を乗り出して体重をかける。

「惣介<そうすけ>、重い」

 日曜日の真昼。苦笑いする父親に注意され、べったり引っ付くようにして隣に座る。

「お父さん、次のページ早く進んで」
「今朝がた放送していたレンジャーのほうが面白いだろ?」
「ううん、こっちには負けるよ」
「とんだおませさんだな」

 父親は見えやすいように、俺の細い太腿の上に雑誌を置いてくれた。

「おませさんて何?」
「あれ?イマドキは言わないのか。大人っぽいってことさ」
「ふうん」

 大人じゃなくても大人になれるんだと思った。そこで終わり。今の俺は朗らかな父親の太い指がページを捲り、センスの尖った、生きた芸術品のオンパレードの続きを読ませてくれることにしか興味が持てない。
 読者を睨み付けて挑発する、金髪で青い瞳の白雪王子。写真の色をモノクロに加工した、中世的な日本人男性。化粧品で顔つきを近未来風にした薄ピンク色のおかっぱ頭の女性など、ファッションアイテムを格好良く魅せるモデルの存在に憧れの眼差しを注ぐ。
 父親の手は黒い瞳の銀髪少女が載っているページの上で止まった。

「この子、惣介と年齢が近そうだと思わないか?」

 横顔が綺麗ですべっとした白い肌に、全てを悟ったような表情。白昼夢の存在。

「……俺も」
「ん?」
「俺もなりたい!」
「えぇぇぇっ?」

 子どもの戯言だと笑う父親では話にならず、フラワーアレジメント教室から帰宅したばかりの母親に芸能界入りをさせてくれないか頼んだら、小学生の間に結果を出せなかったら諦めてねと天使の微笑みで許してくれた。優しい両親に恵まれた俺は今でも感謝している。
 ジニーに問い合わせ、銀髪少女と同じ事務所のオーディションを受けて所属は決まり、「寺田総司」の芸名を与えられた。スタート地点に立てば会えると思ったが、銀髪少女の水無月チサカと直接会うことは叶わず、演技指導を受けながら合間に雑誌を眺める日々を送ることになった。
 当初はモデル希望だったのに社長の意向で俳優業に絞られ、念願のモデルの仕事を貰えても小学生時代は通販雑誌の子ども服コーナー。中学校に進学したらアイドルのインタビューページ、ドラマの番宣、ティーンズ向けのファッション誌に特別ゲスト。的外れなものばかりを宛がわれる。
 高校一年生の終わり頃には実力派のトレンド俳優にまで成長し、これなら文句を言われないだろうと俺は社長に直談判して、憧れだったジニーへの掲載を交渉した。

「聞くだけ聞いてみるよ。期待はしないでね」
「よろしくお願い致します」

 ところが、後日返って来た先方の答えは「ノー」だった。出版側としては、俺の甘ったるい顔がジニーに不似合いとの理由だ。加えて、人気沸騰中の俳優をネタに購入者を増やすことは望んでいない。
 ーー撃沈だ。

「そう落ち込まないでよ、総司くん。水無月チサカさんとの共演チャンスは残ってるから。ね?」

 ロケ地に向かうテンションの低い車内。後部座席で『さけたい長ーいグミ』のグレープ味を食べながら放心状態の俺は、助手席に座っている物腰柔らかな横山マネージャーの話に目を丸めた。

「別の雑誌で、ってこと?それ、目的と違う」
「だよね」
「もったいぶらずに言っていいよ」
「…………。水無月さん、プロモーションに出演するんだってさ」
「ええっ!?」
「こらこら、急に大声出すなって。運転手さんビックリするだろう?」

 ファンの一人として彼女が表舞台に出て来るのはいい気分がしなかった。俺は教科書を入れたリュックの中にグミが入った袋を戻し入れる。

「似合わない」
「総司くん」
「ジニーは辞めるの?」
「わからない。辞めても契約を掛け持ちしてるんだ、雑誌の仕事に困らないだろうね」

 裏切り行為だと思った。憧れの彼女とジニーで同じページに載ることが俺の夢だった。共演さえ出来れば、媒体は何でもいいってわけじゃないんだ。



「何処にでも売っている、ただのお人形さんだったか」

 侮蔑の言葉。彼女の撮影時間に合わせて空きを作ることに成功し、見納めでジニーの現場へ見学に行ったら、不慣れな映像の仕事の影響を受けてか情緒不安定で何度もリテイクを出していて、追い打ちをかけるように、俺はビリビリに裂けた想いを嫌味で表現した。
 ーーあんなにも、心ときめく初対面を望んでいたのに。

「総司!お前、チサカちゃんのファンだったろ!?これこれ、視聴した?」

 バラエティー番組の撮影前、控室で横山マネージャーが湯呑みに淹れたホットのお茶を飲んで待機していたら、同じ事務所で大御所の先輩がドアを開けて突入し、上がり込むなり俺の肩に手を回してスマホに映った水無月チサカの豹変ぶりを観せた。

「嬉しくないの?てか、怒ってんの?」
「俺が好きだった水無月チサカさんはもう居ません」
「青いねー」

 冷静にプロの目から見て、自然に綻んだ微笑みだと直ぐにわかった。悪くはない。
 俺の求めていた彼女が消えていた。そのことに、センチメンタルになった。


(end,)

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